権威的な装いを剥がしてみると!?〜『「日本の伝統」の正体』
◆藤井青銅著『「日本の伝統」の正体』
出版社:柏書房
発売時期:2017年12月
「伝統」と呼ばれるものがしばしば近代の所産で底の浅いものであることについては、すでに洋の東西を問わず多くの論証研究が存在しています。古来行なわれてきたと多くの現代人に信じられている風習やしきたりが実は最近になって始められたということは珍しいことではありません。そこではたくましい商魂や仕掛け人の作為が明瞭に見てとれる場合も少なくありません。
本書ではそのような「日本の伝統」と考えられてきた事柄の起源や歴史的経緯を検証し、その「正体」を論じています。著者の藤井青銅は作家・脚本家として活動している人です。
正月に神社にお参りする「初詣」。現在の形になってから120年ほどしか経っていません。それ以前は、大晦日から寺社に籠もって元日を迎える「年籠り」、年が明けてはじめての縁日に参詣する「初縁日」、自分が住んでいる場所から、その年の恵方にある寺社に参詣する「恵方詣り」などが行なわれていたようです。どこでも気軽に好きな神社にお参りする現行の「初詣」は、それらの一部の要素を取り入れて一つになり、鉄道の普及によって定着したものです。
神前結婚式の「古式」は20世紀に入ってから作られたものだし、夫婦同姓は1898年(明治31年)に旧民法が成立して初めて制度化されたものです。それまでは明治9年の太政官指令で「他家に嫁いだ婦女は、婚前の氏」とされていました。夫婦別姓です。明治以前はいうまでもなく一般庶民には「姓」はありませんでした。夫婦同姓を「日本の伝統」というのはいくらなんでも無理でしょう。
古くから歴史を積み重ねてきたと思われがちな有名神社には、明治以降に創建されたものがいくつもあります。平安神宮(明治28年)、橿原神宮(明治23年)、吉野神宮(明治25年)、湊川神社(明治5年)などです。
このほかにも京都三大漬物や国技としての相撲、各地に伝わる民謡などなど、様々な生活の場面から話題をとりあげて、その歴史をたどっています。
著者はもちろん「伝統」そのものを否定しているわけではありません。長く続いているから素晴らしく、短いから価値がないと言っているわけでもありません。「たかだか百〜百五十年程度で、『日本の伝統』を誇らしげに(ときに権威的に)名乗る」というケースに違和感があるといっているだけです。すべては事実を知ることから始まります。
本書の物足りない点をあえて指摘するとすれば、「伝統」をめぐる言説の政治的利用についての言及がやや薄いと思われる点でしょうか。一例だけ挙げれば、一般に「鎖国」という用語・概念に拘泥する態度に対しては、明治維新の開明性を言いたいがために江戸時代の閉鎖性を必要以上に誇張するものとたびたび批判されてきたのですが、本書ではそうした論争については触れられていません。
もっとも、そうした堅苦しい論点はあえて外したとも考えられます。各項目はおしなべて簡潔にまとめられ軽妙な文章で統一されています。雑学書的な読物としてはたいへん面白い本といえるでしょう。
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