権力企業が支配する暗黒世界!?〜『植民人喰い条約 ひょうすべの国』
◆笙野頼子著『植民人喰い条約 ひょうすべの国』
出版社:河出書房新社
発売時期:2016年11月
「ひょうすべ」とは九州に伝わる妖怪。「河童の仲間」と言われているらしい。けれども本書に登場する「ひょうすべ」はその妖怪とは無関係。「表現がすべて」略して「ひょうすべ」。というと言論の自由を守っている良いものみたいですが、実際は違います。
ひょうすべとは「逆に報道を規制してくる存在」で、しかも「芸術も学問も、売り上げだけでしか評価しないで絶滅させに来る、いやーな存在」で、「世界的権力企業の金庫守護霊」なのです。
ひょうすべの活躍によって、TPP批准に象徴される強者に有利な自由世界、すなわち大企業と投資家たちに支配される世界になります。世界企業を批判するのは「個人攻撃」として逆にタブーになり、日本ならぬにっほんは「NPOひょうげんがすべて」と「知と感性の野党労働者党」(知感野労)が支配する社会になったのです。
主人公は千葉県に住む埴輪詩歌。おばあちゃんは膠原病を患い満足な治療を受けられずに死んでしまい、母とは不仲、詩歌はその後女人国ウラミズモへの移住をはかるが失敗する……。詩歌とその家族を軸に描き出すアイロニーにみちたディストピア小説。
文学者の荒唐無稽な想像の世界とも言い切れません。世界の現実がこの作品が描きだす社会の様相に近づきつつあると思ったのは私だけではないでしょう。新自由主義への批判的視座、ジェンダー差別や言論統制への対抗的姿勢は明快です。笙野の作品を読むのは初めてですが、設定としては『だいにっほん』三部作の前日譚に相当するものらしい。
ただしこれ以外の作品も読んでみたいという気は起きません。文芸作品としては前半の記述が一本調子で、途中で読むのに飽きてしまった。またインターネットの言葉使いを採り入れた意図的な悪文調の文体は別に珍しくはないでしょうが、私にはどうもなじめませんでした。