マガジンのカバー画像

そして映画はつづく

78
ZAQブログ『コラムニスト宣言』に発表した映画レビュー記事がベース。ZAQ-BLOGariのサービス停止に伴い、記事に加筆修正をほどこしたうえでこちらに移行しました。DVD化され…
運営しているクリエイター

#クリントイーストウッド

コンピュータと人間の経験〜『ハドソン川の奇跡』

「ハドソン川の奇跡」のニュースは私にも記憶が残っています。ただその後に「機長の判断と行動は無謀だったのでは?」との観点から国家運輸安全委員会の厳しい追及を受けたことまでは知りませんでした。クリント・イーストウッドも、そうした後日談がなければ映画化することもなかったでしょう。かくして本作は単なる機長の武勇伝としてだけでなく、その後に続く人間ドラマにも熱い視線が注がれることとなりました。 本作では一見すると、無機的なコンピュータ・シミュレーションと経験に基づく人間的なノウハウの

イラク戦争の本質を本当に撃ち抜いたのか〜『アメリカン・スナイパー』

『アメリカン・スナイパー』はイラク戦争で「伝説の狙撃手」といわれたクリス・カイルの自伝に基づく映画です。 カイルはアメリカの正義を信じて疑うことを知りません。戦友たちを守ろうとする使命感も揺らぐことはありません。彼は一人またひとりと敵を撃ち倒していくのですが、しかし同時に心も蝕まれていきます……。 何度目かのイラク遠征のあと、帰国しながらも自宅に直行できず、深夜、酒場から妻のもとに電話する場面は切ない。 戦争の英雄とは傷ついた脆弱な個人である──。このテーゼはイーストウッ

イーストウッドが描く「ノーサイド」〜『インビクタス 負けざる者たち』

クリント・イーストウッドの『インビクタス 負けざる者たち』。この作品もまた前作『グラン・トリノ』と同様に人間や社会が「チェンジ」することの困難と可能性をシンプルに描ききった秀作ではないかと思います。 1995年、ラグビーのワールドカップで初出場初優勝を遂げた南アフリカ共和国代表チーム。そこには南ア初の黒人大統領ネルソン・マンデラの強力なリーダーシップがありました。 イーストウッドは実話に基づいて、マンデラ(モーガン・フリーマン)という人間を核に据えながら、彼を取り巻く警備

頑固親爺の成長物語〜『グラン・トリノ』

時代の変化は人智を超えています。権力者も金持ちも独裁者でさえも時代を手玉にとることはできないでしょう。ならば、一人の人間が変化を遂げる時、そこにはいかなる力が働くことになるのでしょうか。個人の自覚的な努力でしょうか。社会からの圧力でしょうか。人間関係の中に時に忍び込んでくる偶然の力でしょうか。あるいは自分が知らずにいた別の可能性が他者からの刺戟によって表面化するだけなのでしょうか? 『グラン・トリノ』は、人間が何物かから解放されること、すなわち変わっていくことについての映

警察権力の影の歴史を抉る〜『チェンジリング』

急病の同僚に代わって休日出勤をすることになった母親が仕事を終え、急いで自宅に帰ってきた時、母を待っているはずの息子の姿はなかった。その時から息子を探し求める苦難の「闘い」が始まる──。 1928年のロサンゼルスで起きた子供の失踪事件。5カ月後に「発見」されて帰ってきた彼はまぎれもなく別人だったのですが、世間に事件の早期解決をアピールしたい警察は本人だと頑なに主張します。その後7年間にこのシングルマザーの身の上に起きた衝撃的な出来事の数々。米国史に埋もれていた実話を基にクリント

一枚の写真がもたらした伝説〜『父親たちの星条旗』

「写真家は略奪もすれば保存もする。また告発もすれば神聖化もする」と言ったのは、スーザン・ソンタグでした。太平洋戦争時、硫黄島で撮られた一枚の写真が、硫黄島の死闘を「神聖化」し、海兵隊の3人の兵士たちを「英雄」にします。これは実話に基づいてその顛末を描いた映画です。 硫黄島に上陸した米軍は、壮絶な戦闘が続くなか、摺鉢山の頂上に星条旗を立てます。上陸地点を見下ろすその位置に掲げられた星条旗は、米軍兵士たちを鼓舞し士気を高めました。それを見た海軍長官は、記念にあの旗が欲しい、と