アーモンド・スウィート 仔猫を拾う

 今日は朝からの雨だった。月姫かぐやが傘を差し、家に急いで向かって歩いていると、子猫が道端に佇んでいた。月姫は足を止めた。早く帰って店の手伝いをしなければならないのに、仔猫たちが入った段ボール箱の前で足が動かなかった。家はおでん屋なので動物は飼えないと昔から聞かされてきた。素直に、ウチでは小鳥はおろか犬も猫も飼えないんだな、と諦めていた。今どき仔猫が道端に捨てられているなんてあり得ないと思った。仔猫は三匹、段ボール箱に入れられている。二匹は元気があり、大きな声で鳴きながら、段ボール箱の外に出ようと必死に後ろ足を掻いている。一匹元気のない子がいて、二匹に踏みつけられように段ボール箱の底で、細い声でミャぁーミャぁーと鳴いている。三匹とも目が開いて直ぐなのか青い目をしている。青い目はキトンブルーと呼ばれ、目が開く生後10日くらいから、早い子で6週間、遅い子でも8週間くらいまでの瞳の状態で、生まれた間もない事を示すと聞いたことがある。その後の瞳の色は元々の猫種の特徴の目の色に変わるらしい。だから、三匹はまだ生まれて二ヶ月も経ってないことが分かる。仔猫の成長具合、体調をその体つきから判断出来ないが、たぶん三匹ともお腹を空かして鳴いていると思った。食べたい、飲みたいと思っていることは分かる。
 家に仔猫たちを持ち帰る後ろめたさを感じながら、三匹の仔猫を放っとかれず、段ボール箱ごと家に持って帰った。
 それでも父や母、祖母や祖父に三匹の仔猫は見せられない。だからといって自分の部屋にも持って行かれない。押し入りに置いていても、仔猫たちは朝から晩まで泣くだろう。お腹が空いたと鳴き、ここ何所と鳴き、怖いと鳴き、お母さん、助けに来てと鳴くだろう。鳴けばすぐにバレて、また道端に仔猫たちを捨てなければならない。なので鳴き声が外に漏れないところで、多少仔猫たちが自由に動け回れる広さがあって、人に見つからない場所。自分が頻繁に顔を出せる、秘密の場所が良いと考えた。思い当たったのが、店の裏にある、祖父が合板板と角材で作った二畳の広さの屋根付きの収納庫だった。中は油や醤油の一斗缶、むかし練り物を揚げるときに使った古い大きな鉄鍋、一回り小さい鉄鍋などが無造作に置かれていた。一ヶ月二ヶ月は、父にも母にも祖父にも祖母にも、気付かれないと思う。
 月姫は段ボール箱を置き、一匹一匹収納庫の床に出してやった。仔猫たちは最初ビクビクとしていたけれど、すぐに温和しくなり、耳をそばだてたり、鼻をヒクヒクさせた。収納庫の中が安全だと分かると、元気な二匹から活発に動き出した。
「いま、牛乳と何か食べる物もってくるね。練り物は食べられる? まだ赤ちゃんだから無理かな」少しでも仔猫たちから目を離すのを躊躇われたが、お腹が空いているだろうと思っていたので、直ぐにでも牛乳とゆで卵、あと柔らかい練り物かクッキーを持ってきて食べさせたかった。
 三匹は牛乳を少し舐めた。仔猫や子犬には牛乳は良くないと聞いたことがある。お腹を壊すらしい。やっぱり親猫、親犬の乳を飲ませるのが一番良いのだと思う。親猫、親犬の居ない仔にミルクをあげるなら、ヤギかヒツジのミルクが良いそうだ。でなければ市販されている仔猫・子犬用ミルクが良いとか。ただ市販のミルクでも、お腹に合わない子がいるらしい。今日はペットショップにミルクを買いに行ってる時間がない。明日も放課後まで時間がない。ゆで卵も練り物も、クッキーも仔猫たちは食べてくれなかった。キトン用フードというのがあると、前に小笠原(寿紫すうじぃ)さんから聞いたことがある。小笠原さんの家は、彼女が生まれる前から秋田犬を飼ってきた。彼女のお祖父ちゃんとお父さんが、秋田犬保存会のメンバーらしく、そういったブリーダーのことに彼女も詳しい。
 あっ!? と思った。小笠原さんにLINEで事情を話し、子犬用のミルクを分けて貰おう。聞いて、子犬用のフードも上げられるならキトン用フードも一緒に貰ってこよう。
 その日、月姫は店の手伝いを早く終わりたくて仕方がなかった。午後八時になると急いで、裏玄関に周り「小笠原さんに、貸してたブルーレイのソフトを貸して貰ってくるね」と嘘を吐いて、ミルクをキトン用フードを貰いに向かった。彼女の話しでは、犬用でも猫用でも、たぶんキトン用フードの成分は問題ないとか。ただしミルクはいま手元にないので、明日月姫が買うのであれば、今晩のところは水で良いだろうとLINEで教えてくれた。
 司町の交差点のコンビニの角で、小笠原さんは待っていてくれた。紙袋に入ったキトン用フードを渡してくれて、「キトン用フードは食べやすいように水でふやかして。水は少しでも大丈夫じゃないかな。あと赤ちゃんのウチは、夏の暑い盛りでもなければ、基本は温めておかないといけないから、携帯カイロをタオルで包んで赤ちゃんたちの箱の中に入れた上げてね」とアドバイスをくれた。
「今日はありがとう。早速、このご飯を上げて、カイロを入れて温めてあげるよ」二人で手を振って、急いで家に帰った。
 家の台所から皿とペットボトルの水、小笠原さんから貰ったキトン用フードを持って、三匹の仔猫の元に急いだ。自分は夕飯を食べてなかったが、不思議とお腹が空いてないので、忘れていた。しかし夜中に、食べてなかったことに気付き、とてもお腹が空いて後悔した。
 仔猫たちはふやかしたキトン用フードを、一心不乱に食べてくれた。声の細かったあの子も、二匹の半分の量は食べられたようだった。一安心と思った。間違っても人が入って来ないように、収納庫の引き戸に鍵をしっかり掛けた。こっそり、二階の自分の部屋に戻った。

 次の日の朝、ウキウキ半分心配半分で、早く起きて月姫は仔猫たちの元に向かった。仔猫たちを隠しておいた収納庫からボテボテした腹の大きなクマネズミが、月姫をチラッとみても慌てず、悠々と歩いて出て行くのに遭遇した。嫌な予感がした。仔猫の様子を見に行って、その嫌な予感が当たったことが分かった。三匹の仔猫たちは大怪我を負わされていて、一匹は首と前足一本が食いちぎられ、お腹にも大きな穴が開いていた。一匹も耳と口から鼻が囓られていて、目が飛び出し、後ろ足一本と腹を食われていた。周り地面は仔猫たちの血で真っ赤になっていて、地獄絵図となっていた。
 もう一匹居たはずと、仔猫が隠れそうな場所を収納庫中を必死に見回してみれば、食用油やあげ油の一斗缶、醤油の一斗缶が保管されている棚の影に10㎝くらいの隙間があり、そこにピッタリおさまる形で尻をこっち向ける形で隠れていた。きっと、ブクブクと太ったクマネズミでは棚の奥まで顔も入れられなくて、また顔が入っても身体まで入らず、無理矢理にも棚の奥に身体を押し込めば、抜けられなくなり逃げれないと判断して、最期の仔猫を見逃したんだろう。ともかく良かった。月姫が「もう大丈夫だからね」と声をかけて、肩までいっぱいに手を伸ばして仔猫の身体を捕まえ棚の奥から救出した。見れば助かった仔猫も片方の耳を囓られていた。おでこの毛も囓られているような気がする。
「怖かったねぇ。ごめんね、もっと安全な場所に君たちを保護すべきだったねぇ。自分のことばかり考えて、君たちがネズミやヘビに食べられるかもしれないと考えなかったのは、私が悪いね。ごめんね」
 月姫の大きな目から大粒の涙を後から後からこぼれ落ちた。仔猫を優しく大事に抱えているために、涙を拭くことが出来なかった。それも良いと思った。泣いて謝って、仔猫に許してもらおうと思った。人間の言葉が通じないから月姫の身勝手な想いだけども、生き残った一匹に三匹分の許しを欲っした。仔猫は鳴くことも出来ず、震えているようだった。
 しばらく抱き温めていると、「ミャぁー……」仔猫は弱々しく鳴いた。助けたあと初めて泣いたその仔猫の声は、怖かったんだよーとも、助けてくれてありがとうでもなく。真っ直ぐ月姫を見つめて、二匹が死んじゃったと月姫に教えているようだった。
「ごめんね。……」月姫には何て答えたら良いのか分からなかった。

 月姫は意を決して、父と母に仔猫を見せて、飼わせて欲しいとお願いすることに決めた。腕の中に居る傷ついた仔猫を、また道端に捨てには行けない。このままでは傷つき弱ってゆくだろう命を、手放すなんて出来ない。仮に学校の誰かに飼って貰うようにしなさいとか、飼って貰えるように母か父が約束を付けると言われても、仔猫を傷つけた責任は月姫にあると思う。月姫の不注意が、クマネズミの前に幼い三匹の仔猫をおいたのだ。食べて下さいと、生贄のように置いたのだ。この仔猫の元気にし、大人に成るまで育てる責任と償いが月姫にある。わたしが遣らねば、私の罪は万死に値する。閻魔さまも許してくれず、地獄に落とされるほどのことだと思った。

 祖父と祖母が練り物作りの準備を、工場で始めた音がする。父と母は、家のキッチンで朝ご飯を食べているだろう。仔猫を抱えて行ったら驚くだろう。怒られるかもしれない。でも学校に行くまでに時間がない。このまま学校に行ったら仔猫の命は危ない。またネズミに昼頃食べられて、きっと命はない。
 正直に話して、自分が居ない間は仔猫を助けて貰おう。守って貰おう。今すぐ飼うとか、飼うのダメとか決められない。親子ゲンカをしている暇はない。命を守る方が大切だ。
「ねえ、聞いて。お父さん、お母さん」
 キッチンに入ると、直ぐに仔猫を見せ、話し出した。文化祭でやった、演劇会のステージの上での演技のように堂々と言葉が出てきた。呼吸は速かったが、仔猫を助けたいという使命の方が大きく、その興奮は気持ちよいと思った。
「お願い。仔猫を命を守りたいの。――――――」

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