下北沢と踊り狂う人々

夏の夜、僕は下北沢の路地裏を彼女と歩いていた。提灯の明かりが通りを柔らかく照らし、どこか懐かしさを感じさせるその光景は、まるで過去の思い出が再生されているかのようだった。彼女は浴衣姿で、えんじ色の和柄が妙にしっくりきていた。まるで、彼女がそのまま夏祭りの一部になってしまったかのように。

「こんな夜にビールとソーセージって、意外に合うんだよね」と僕は言いながら、露店で冷えたビールと熱々のソーセージを注文した。下北沢での夏祭りは、ビールとソーセージを握りしめながらぶらぶら歩くことに尽きる。祭りと言っても、ここはどこか都会的で、それが逆にノスタルジックな雰囲気を生み出しているのだ。

彼女はビールを一口飲んで、「ビールが冷たくて気持ちいいね。こういう夜はずっと続いて欲しいな」と言った。その声には、ほんの少しの切なさが混じっていて、僕の胸を軽く締め付けた。僕はただ黙って頷き、ソーセージを一口かじった。それが祭りの夜にはふさわしい、とにかく美味しいソーセージだった。

音楽が聞こえてきて、僕たちはその方向へ歩き出した。祭りの中心では、踊りが始まっていた。太鼓の音が響き、踊り手たちはまるで時間を忘れたかのように踊り狂っていた。その様子を見ていると、僕も体が勝手に動き出しそうになった。「ねえ、一緒に踊らない?」彼女が目を輝かせながら言った。僕はビールをもう一口飲んで、「踊るか、久しぶりに」と答えた。

僕たちは踊りの輪に加わり、無我夢中で踊り狂った。周囲の人々も、皆がそれぞれのリズムで楽しんでいるのがわかった。誰もが一瞬の狂気を求め、そしてそれを享受していた。

踊り終わった僕たちは、どこか現実感のない感覚に包まれていた。ふと、僕は彼女の手を握りしめ、彼女が少し驚いた顔をしたのを見て、昔のことを思い出した。そういえば、昔、同じように夏祭りで彼女と踊ったことがあった。その時も僕は彼女の手を握りしめたけれど、その時の彼女の反応は全く同じだった。「また、こうして一緒にいられて良かった」と、僕は心の中でそう思った。

気づけば夜も更け、下北沢の喧騒も少し落ち着いていた。僕たちは静かに屋台の片隅に腰を下ろし、またビールを一杯頼んだ。彼女はビールを飲みながら、「この街って、時間が止まったみたいだね」と言った。僕はその言葉に同意しつつ、彼女の手をもう一度握り直した。その瞬間、何かが頭の中で繋がった。

そう、あの夏祭りも、あの踊りも、あの時の手の温もりも、すべてがこの瞬間に戻ってきた。そして今、僕たちは再びその夜に立ち返り、楽しい思い出を一つ一つ回収していたのだ。祭りの夜は二度と戻ってこないけれど、その記憶は永遠に僕たちの心の中に生き続けるだろう。

僕は彼女とともに下北沢の路地裏を歩きながら、これが現実であっても夢であっても、どちらでも構わないと思った。えんじ色の和柄の浴衣姿の彼女と過ごすこの夜が、また一つの楽しい思い出として心に刻まれるのを感じながら。

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