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4日で文学フリマに出した本の行方③ 完

私はポケモン界なら強欲極まりないだろう。
文学フリマという冒険の地へ向かうのに、どれか一つをパートナーに選ばず、
詩集、絵本、エッセイの3タイプを全て制作すると決め、エッセイを4日で仕上げなければならないところまで追い込まれた。

深く考えず、とにかくやれるところまでエッセイを書こうと決心し、よく作家がやる『ホテルに缶詰』をしてみるのは、どうだろうと思いついた。 
しかしホテルに居座るのは、金銭的に難しいので、安くてずっといられる個室=カラオケのフリータイムにたどり着いた。田舎の、ど平日は利用者もいない貸切同然。しかも数百円でだ。なんなら飽きたら歌えるし、ルームサービスのように、飲み物も食べ物もある。なんだかホテルよりいいじゃないかとすら思いながら、平日休みに感謝して正午にカラオケの受付に行くと
「すいません、いま春休みで学生さんの予約が多いんで、フリータイムが難しくて。長くて2時間半になりますね」と言われてしまった。
私は持ち込み可だったので、長丁場の作業に気合いを入れようと、テイクアウトした出来たてのヒレカツ丼と、硬いチーズパンを手に持って呆然としてしまった。私のウキウキ缶詰計画がっ!!

仕方がないので、2時間半で利用することにしたが、部屋に入るなり、まず熱々のカツ丼をかきこめはめになった。チーズパンは明日にまわすとしても、カツはいま食べなければ豚への冒頭である。蓋をとると湯気が出る熱さだったが、なんせ時間がない。優雅な缶詰計画はどこへやら、ただの早食い独占場となっていた。急いで食べたつもりでも、中々の大盛りだったので、完食に20分ほど要してしまった。あと2時間しかない。

なんとかiPadを机の上に開いて、カタカタと作業をはじめた。30分ほど取り組んだところで、近くのブースから演歌が聞こえてきた。おじいさんの声で非常に気持ちよさそうに、力の限り歌っている。それを聞いていると、1曲くらい歌わないと、損なような気もしてきた。

とりあえず、と1曲好きな女性アイドルの曲をいれた。1人だと、高音で歌いづらい曲でも、容赦なくいれてしまえるのは良いところだ。そうなると、じゃあ、あの曲も、この曲もと増えていき、歌い出してから、あっという間に1時間経ってしまった。もう残された時間は40分しかない。何をしてたんだと後悔しても時は戻らず、本当は下の階のドリンクバーへ行き、やや痛めて乾いた喉を潤す飲み物をゲットしたいが、そんな余裕はない。私はいつもこうだ、と悔やみながら、終了10分前を知らせるコール音が鳴り響くのだった。

何しに来たのか分からないまま、カラオケを追い出された私は、この作業量で自宅には帰れないと思った。次なる缶詰の地へ彷徨い、モスバーガーに到着した。以前ここを訪れたとき、ネズミ講だか情報商材屋だかが、怪しげに勧誘していて、そんなことができるくらい、ゆったりとしていて、あまり人気がない場所なのだ。思惑通り、平日昼下がりの店内は無人だった。しかもご自由にお使いくださいとシールが貼ってあるコンセントまである。ありがとうモスバーガー。安住の地はここだ。

ヒレカツ丼が溜まっている腹を抱えて、早速充電しながら作業を開始した私のテーブルに、可愛いお姉さんが、出来立てのホットドッグを運んできてくれた。立ち去る前にお姉さんが「あの…」と声をかけてきたので、デカいiPadを、がめつく充電してちゃダメだった?と思っていたら
「西陽が眩しくないですか? ブラインド下げましょうか」と聞いてくれた。安住の地だけでなく、そんな気遣いまでくださるなんて、女神だ。西日の女神。と感激しつつ、大丈夫ですよ!と勢いで返した。西日を有り難く受けながら、気合いも入り直し、そこから夜まで集中して作業できた。
20時に帰宅し、また晩御飯も食べてしまい、風呂など諸々完了すると、残りの作業もしようという思いは萎んで気づいたら寝てしまった。

翌日も休みだったので、よし続きをやるぞとiPadを開き、wordをみると、昨日のモスバーガーで作業していた文量のほとんとがない。自動保存がうまくできていなかったのだ。何かの間違いかと思ったか、何度開いてもない。パソコンと連携しているし、そっちから復元できないかと、いじってみても、まったくどうにもデータがない。ちょっと信じられない。西日の女神に見守られていたのに…あんなにやったのに…悔しくて「ウソでしょー」と何度も叫んでも、データはでてこない。
1時間ほど親指を噛みながら、調べて格闘したが、Google先生と知恵袋先輩もお手上げでは、大人しく書き直すしかない。もう家のパソコンしか信じられない、となり、そこからは自宅で、悔しさをバネに机にかじりついて作業をした。

そして作業開始から4日目。どうにか昨日の3日目で本文も表紙やらのイラストも完成し、あとはこれを明日の朝、仕事に行く前に入稿すれば完了、というところまできていた。時刻は仕事終わりで諸々済ませて、いま21時だが、もうあとは保存するだけだし余裕だなと思っていた。

しかしふと、これノドの部分とかこのままで良いんだったっけ? あれ、ページ番号って目次のページにつけたくないよな、どう設定するんだっけと気がついた。そこから、やり方を調べて調整の連続を繰り返すはめになった。気づいて良かったのだが、願わくばもっと早く気づいて欲しかった。
ノンブル(ページ番号)の移動が非常にややこしく、前後のページを切り離したはずなのに、どうしても目次部分の5.6ページのノンブルが、それぞれ左右の隅に隠れつついてくれなければならないのに、同じように連動して動いてしまい、「なんでだよー!」と藤原竜也が発動してしまったが、なんとか完成した。当初の予定よりも、どんどん夜が更けていく。
しかし前回の絵本よりはマシだ。規格外の吹き出物も、まだ爆誕していない。よしよし何とか出来たでしょう!とPDF保存ボタンを押したのだが、

私の何が悪いのか、表紙が保存できない。とエラーの表示が出てきた。

「も〜う後戻りはでき〜ない前を〜向いて〜♪
あなたたちなら〜できる〜♪ あなたたちにしかできない〜♪」
これは崇拝するセーラームーンのミュージカルに登場するセリフだ。観に通っていたのは何年も前なのに、セーラームーンの母である、クイーンセレニティが歌う姿が、いま脳裏によぎって仕方ない。月が滅亡するから、戦士の皆んな頑張って!という歌のセリフなのだが、規模は違えど、こちらも滅亡の危機である。血ばしる目で、解決方法を見つけ出し、なんとか入稿に完了して少しは眠ることができた。

そんな、すったもんだを繰り返して、当日ドキドキしながら、参加したのだが、はじまって1時間ほど経過しても、1冊も売れなかった。なんかヤバいな、店の前で足すら誰も止めないんだけど…と洗礼を受けつつ、もう打ち上げで食べるものを考えるのに集中しようかな、と思っていると
「ボッチズムください」とマダムが突然現れた。何で私のエッセイ本のタイトルを知って…?!と驚いていると、見本誌コーナーで読んでくれたそうだ。「両膝を痛めた話に共感しました〜!」と感想までくださり、全身に血がグングンかよっている感覚がした。見本誌コーナーあっぱれである。そこから、ボッチズムください、と来てくださるお姉さんやお兄さんや、また新たなマダムが現れた。

詩集や絵本は置き去りに、13時が過ぎた頃にはエッセイ本ボッチズムは完売した。その後は詩集も後を追い、絵本は居座り、交流に心躍る1日となった。
結果として、超特急の4日でほぼ制作したエッセイ本が一番人気だった。芯から嬉しいが、これまでイラストや漫画もどきを描いてきた私って一体…という感じもある。

しかし今後は、呑気でちょっとアブノーマルな自分のエッセイをもっと書いていきたいな、と思った。書いていて楽しいし、読んでくれて笑ってくれる人がいるなら、もっと楽しいものだ。次からは計画的に規則正しく作業しようと、何度目かの決意を固めるのだった。     (完)




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