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驟雨に流る2【記憶No.01】鈴の音4

「ああ、そうそう。もう一個、“女帝”が決めた事があるの」
家を守るために。

防犯のために犬を。ネズミの駆除のために猫を必ず飼うこと。


「猫、さっきから仏間の端で気配殺して潜んでるけど。アンタ、気付かなかった?」
母は、荷物がうず高く積まれている隙間を指さす。覗き込むと大きく瞳孔を開いた黄色の瞳が動いた。

「知らない人の出入りが多くて、怖がってるのね。さっさと掃除終わりにしましょう」
話すだけ話して、母は去っていった。

騒がしくしてごめんね。
静かになった仏間で黄色い猫の目に小さく声をかけると、ザっとキジトラ柄の猫が飛び出してくる。
チリン、と首輪に付いた鈴がなる。
大きく見開かれた瞳孔で私を見て、少し後ずさったかと思うと一目散に逃げていく。

チリンチリンチリン…首輪の鈴が遠く、小さくなっていく。

聞き覚えがある、音。

死者が出る数日前、夢の覚め際になる小さな鈴。


「ネズミの駆除のために猫を必ず飼うこと」
そして、今回の故人も聞いた、死にゆく者が聴く、ネズミの鳴く声。
“女帝”も聞いていたのだろうか。

母も猫も去った仏間には、また雨が瓦屋根を打つ音が包んでいた。
私の思考は巡る。


家を守るモノと追い出されていくモノ。
家を守る為、古くなった存在を追い出して、次世代の人間にバトンタッチする儀式の音。
静かに、お互いに何も告げることもなく。
常に入れ替わり続ける、新しい子孫にバトンタッチし続ける。
新しい世代にバトンタッチする度、この家は続いていく。

そのバトンタッチの流れの中に、私は組み込まれている。
古きを追い出す、新しい者として存在している。
鈴の音が聴こえ続ける限り。


母が置いていった“女帝”の遺影を拾い上げる。
遺影のガラスが私の顔を反射して映し出す。
遺影の中で透き通った私と色褪せた“女帝”が対峙する。

切れ長の目と目が合う。二重の私とは真逆の目。
顔つきも、意志の強さも、家を何よりも大切に思う気持ちも。
私には、この“女帝”の魂はこれっぽっちも引き継がれなかった。

そんな目で見ないでよ。
私の腹からは何も生まれない。子どもが産めるセクシュアリティだったとしても、私は子孫を残そうとは思えない。
子どもは嫌い。20年近く生きてきても結局分からなかった“家族”という概念も嫌いだ。
五月蠅いばかりの従姉妹と、礼儀の欠片もない子どもたちを思い出す。
あんな風になりたくないし。
そういえば、先程から玄関の方がうるさい。打ち合わせから帰ってきたのだろう。
似合わないブランド物で着飾った、質素堅実に生きた“女帝”の子孫たちが。


“女帝”の遺影につぶやく。

この家は、これからも変わらず安泰でしょう。
子孫も繁栄を続け、貴女の教育方針も引き継がれています。
貴女もきっとこれからもずっとこの家を護っていくのでしょうし。
きっと、怖いものはないですね。

でも。
本当にこれが貴女の望んだこの家の未来でしょうか?

遺影の目つきが変わった気がした。

罵ってくれ。
きっと、そっちの方が楽だ。

後ろめたさを感じて、“女帝”の遺影の中から自分を切り離す。
もう、目を合わせたくない。他の遺影と一緒に座敷の長押へ戻す。
数日後。無事に盛大に葬儀は執り行われた。



2024年9月。
ROKUJO、と名乗るようになった自分に朝がきた。
今朝もネズミの鳴き声は聞こえない。
今朝も私が去る鈴の音を聴いてくれる者はいない。
多分、これからも。



驟雨に流る2【記憶No.01】鈴の音 【完】
次回、
驟雨に流る3【記憶No.02】(仮タイトル)あそぼうよ

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