
ジョブローテーションで士気を高める
[要旨]
アルミ加工メーカーのヒルトップの相談役の山本昌作さんは、一時的に効率が低くなるものの、積極的にジョブ・ローテーションを行っており、その理由は、(1)モチベーションを高める、(2)社内にノウハウ、ナレッジが蓄積される、(3)従業員が多能化し、全体最適の視点を持つことができるという利点があるからだそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、アルミ加工メーカーのHILLTOP株式会社の相談役の山本昌作さんのご著書、「ディズニー、NASAが認めた遊ぶ鉄工所」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、山本さんは、ヒルトップを、自立した会社として、脱下請・脱価格競争を推進するために、依頼されたものだけでなく、みずからが知恵を出しながら、新しいものを創造する、サポーティング・インダストリーを目指しているということですが、その背景は、これからは、ものづくりをしない製造業が生まれる可能性があり、製造サービス業でなければ生き残れなくなってきているからだということについて説明しました。
これに続いて、山本さんは、会社の生産性が下がってもジョブ・ローテーションを行うことが望ましいということについて述べておられます。「当社では、頻繁にジョプ・ローテーション(多くの業務を経験できるように定期的に人事異動させるしくみ)を行っています。小学校、中学校、高校でクラス替え(席替え)をするのは、『新しい環境に身を置くことで、人間関係や学力、能力を磨くチャンスになる』からではないでしょうか。会社も同じです。
人と仕事を入れ替えることで、社員も会社も成長し、活性化します。ジョブ・ローテーションは『最短1年』です。本人の希望を反映した制度で、オペレーターで採用されても、将来的にはプログラマーやフライス加工(フライスと呼ばれる回転工具で行う切削加工)を経験できます。ジョブ・ローテーションを行わずに同じ仕事を継続すれば、社員の習熟度が向上するため、生産性が上がります。反対に、ジョプ・ローテーションを行うと、『新しい仕事』を一から覚えなければいけないため、生産性や効率が下がります。しかし私は、生産性や効率が下がったとしても、ジョプ・ローテーションを行ったほうかいいと考えています。(中略)
(1)モチベーションの低下を防ぐ:効率とモチベーションは、『正比例』の関係にあるとは限りません。それどころか、効率がよくなるほど、モチベーションは下がることがあります。効率が上がって鼻歌交じりで仕事ができるようになると、向上心が満たされなくなって、その人間のモチベーションが下がり始めます。モチベーションが下がった人間をずっと同じ部署に置いておくと、根が生えてしまい、チャレンジする気持ちが失われます。したがって、効率とモチベーションを天秤にかけ、『モチペーションを重視した人材配置』を行うのが当社の方針です。『ジョプ・ローテーションをかけると、効率、能率が落ちるからやりたくない』と考える経営者もいますが、効率や能率が落ちても、私は迷わずモチベーションを選びます。
(2)社内にノウハウ、ナレッジが蓄積される:ジョプ・ローテーションを行うと、社内にスキル、情報、ノウハウが溜まります。私は、『人間のキャパシティには限度がある』考えています。古いものをいつまでも残していると、新しいものを入れる余地がありません。ですから、新しいものを入れるためには、古いものを捨てなければならないのです。新しい仕事を覚えるためには、今までのノウハウを手放す必要があります。『自分の持っているノウハウ、ナレッジ、経験値』を手放すと、その分、自分のキャパシティが広がるため、新しい経験を積むことができます。そして、手放すノウハウ、ナレッジ、経験値をデータ化して残しておけば、社員の誰もが使えるようになります。
(3)社員の『引き出し』が増える:多くの仕事を経験することで、自分の『引き出し』を増やすことができます。『引き出し』が増えると、ひとつの事柄に対して、様々な角度から検討できるので、ひとつの考え方に執着しない広い視野が身につきます。当杜の営業担当は、現場でプログラマーをやった人間であり、ほとんどの現場仕事ができるセールスエンジニアです。ですから、クライアントとの商談において、的確なソリューションを提案することができます」(128ページ)
そもそも、ジョブ・ローテーションは、会社にとって負担がかかります。そして従業員数が比較的少ない中小企業では、従業員数が多い大企業よりも、その負担は大きくなります。その一方で、山本さんが述べておられるように、ジョブ・ローテーションを行うことによるメリットもあります。そして、山本さんの会社が業績を高めることができたのは、積極的にジョブ・ローテーションを行ったからです。したがって、ジョブ・ローテーションに関する負担は、それ以上の成果につながっているのであり、「製造業のサービス業化」になりつつある時代には、ジョブ・ローテーション必須と言えると思います。
繰り返しになりますが、現在は、会社の競争力を高めるためには、従業員のモチベーションを高め、ノウハウ、ナレッジを蓄積し、従業員を多能化を図り、全体最適の視点を身に付けることが鍵になります。そこで、厳しい言い方になりますが、「従業員数が少ないからジョブ・ローテーションはできない」と考えるのではなく、「競争力を高めるため、ジョブ・ローテーションを実践できる体制を整えることから始める」と考えなければ、早晩、ライバルに差をつけられてしまうのではないかと思います。
2025/1/29 No.2968