下を知るのは3年で上を知るのは3日
[要旨]
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんによれば、部下のスキル不足に嘆く管理者が多いものの、管理者自身のスキルを省みる人は少ないということです。すなわち、部下のスキル不足や、リーダシップの無さを嘆く前に、自分が身をもって範を示すことが管理者に求められているということです。したがって、管理者は部下に求めるスキルについて、『まず隗よりはじめよ』の考え方で、自らロールモデルを示さなければならないそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんのご著書、「伝説のプロ経営者が教える30歳からのリーダーの教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、新さんによれば、現在は、過去の成功体験を、明日以降の事業活動に活かすことができない時代であり、そのような中で事業活動を奏功させるためには、現状を肯定する前提での「改善」では不十分なので、現状の否定を前提とする「革新」を起こしながら経営に臨む必要があるということについて説明しました。
これに続いて、新さんは、リーダーが率先垂範することが重要であるということについて述べておられます。「管理者の嘆き節をよく耳にする。曰く、部下が育たない、部下のスキルが低い、フォロワーばかりでリーダーシップのある者がいない等々、部下への不満が多い。次代のリーダー不在論、人財払底論が目立つ議論である。こうした不満の声を聞くと、ついつい意地悪な質問がしたくなる。『あなたのおっしゃることはよくわかります。多くの管理者が、やはりそう思っているようです。ところであなた自身のスキルはどうなのですか?リーダーシップは大丈夫ですか?』
部下のスキル不足や、リーダシップの無さを嘆く前に、自分が身をもって範を示すことが管理者の基本動作である。率先垂範とは、自ら率先して範を示す、管理者自身が生きた模範(ロールモデル)となることである。リーダーシップのある部下がいても、フォロワータイプの上司の下で部下がリーダーとなることはなかなか難しい。ちょっと下手をすると、出る杭は打たれるという結果を招く。出る杭は打たれるが、出ない釘は腐る。企業の中には、多くの腐った杭が埋もれている。したがって、部下に求めることは、上司が自ら身をもって模範を示すしかない。だから、『まず隗よりはじめよ』なのである。(中略)
『上、下を知るに3年かかり、下、上を知るに3日で足る』という。部下(フォロワー)とは上司(リーダー)を真似るものだからだ。ちょっと油断すると、部下は上司の悪いところばかりを見て真似る。だからこそ、上司は自分を厳しく律することが重要な資質となるのだ。特に、社員全員の上司である社長は、誰よりも自分を律していなければいけない。(中略)スキルは並みでもよいが、自分を律すること、すなわち、道徳観や倫理観は極度に高いレベルで維持されていることが条件だ。大企業の不祥事、中央官庁の不祥事の背後にあるのは、いまも昔も変わらずトップの倫理観の欠如である」(61ページ)
新さんがご指摘しておられる、「社長は従業員のロールモデルとならなければならない」ということは、100人中100人の経営者の方がご理解しておられることだと思います。それにもかかわらず、経営者の方の部下への不満が無くならない理由は、これまで私が中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、まず、部下を育成することが経営者の役割の大きな部分をしめると考えていないからだと思います。
私も、正直なところ、仮に、自分の部下の能力不足を感じたとき、「いわられた通りの仕事ができないのなら、社会人なのだから、自分でなんとかすべきだ」と言いたくなる気持ちは理解できなくもありません。中には、いわゆる、「モンスター社員」のような人もいるかもしれません。でも、社長は会社組織の最上位に立つ人であると考えれば、従業員の能力の低さに対し、「部下が自ら改善すべきだ」と受動的に臨むよりも、「こちらから改善の支援をしてあげよう」と能動的に臨むことの方が賢明と考えられます。
もうひとつの理由は、いまだに日本では、マネジメント業務を担う人は、部下を育成するスキルを身に付けていないということです。例えば、「部下は上司の背中を見て育つもの」と考えている経営者の方が、現在でも少なくないのではないでしょうか?そのような考え方をしている人は、自分は事業に関するスキルを身に付けてさえいればよく、部下に自分が懸命に仕事をしている様子を見せさえれば、自ずと能力を高めてもらえると考えていることになります。そして、そのように考えている人は、かつて、自分が若かったころは、上司からほとんど指導を受けることなく、自ら上司の真似をして自分で自分のスキルを高めてきたのだと思います。
そこで、自分の部下に対しても、かつての自分と同様に、自分の真似をしてスキルを高めるべきだと考えてしまう面もあると思います。すなわち、自分もかつての上司と同様に、部下を育成するスキルを身に付ける必要がないと考え、そのまま経営者になったのだと思います。しかし、現在は、事業のスキルが高いだけでは事業の競争力を高くすることができないと考えれば、経営者には会社組織をまとめたり、従業員のスキルを高める能力も必要と言うことは、自ずと理解できると思います。
でも、前述のように、自分自身が積極的に育成された経験が少ないと、自分がマネジメント層になったときに、部下を育成する能力が必要と感じないままに、マネジメント層になってしまうのかもしれません。ただ、冷静に考えてみれば、「経営者」なのであれば、文字通りマネジメントスキルを持っていることは当然と考えるべきではないでしょうか。日本では、これまで、「経営者」でありながら、あまりにも「マネジメント」に関心がなかったり、「マネジメントスキル」の重要性を感じていなかったりする人が多かったのではないかと思います。
2024/10/18 No.2865