
道尾秀介氏の『N』を読む順番について考えてみた。
『720通り』の読み方がある小説
作品概要
『N』という小説をご存じだろうか。
ネットで「面白い」とよく見かけるので、読んだ人、読もうと思っている人は多いかもしれない。
『N』は道尾秀介氏による小説である。(発行:集英社)
さてこの作品、かなり、いや史上かつてない斬新な作品である。
作者・道尾秀介氏のコメントはこうだ。
読む人によって色が変わる物語をつくりたいと思いました。
本書は六つの章で構成されていますが、読む順番は自由です。
はじめに、それぞれの章の冒頭部分だけが書かれています。
読みたいと思った章を選び、そのページに移動してください。
物語のかたちは、6×5×4×3×2×1=720通り。
読者の皆様に、自分だけの物語を体験していただければ幸いです。
とのこと。
全6章からなる小説であり、その『順番』によって物語が変化するのだ。
どんな順番で読んでも物語は成立する。
しかし、同じ作品を読んでいるはずなのに、その順番によって読んだ感想が異なるのだ。
また『章同士の物理的な繋がりを無くしたい』ということで、造本にも拘っており、1章ずつ上下反転されている。
普通、小説…というかこの世の書籍は、1ページ目から読み、最終ページまでぶっ通しで読めるようになっている。
そういった当たり前のことに、真っ向から逆らった仕掛け本である。
勿論『好きな順番で』読んでよいので、1章から6章まで順番に読んでも読めるが、個人的には折角の仕掛けなのでおススメしない。(それは最早ただの読みづらい小説なので)
本記事では、その順番について考察する。
当然、以下からネタバレを相当に含んでいるので、ご注意を。

では、いってみよう。
おすすめの読む順番とは?
前提
この小説は1章ずつ独立してはいるものの、1章を読んだだけではその章を100%理解できない=全体を通して100%が埋まる という仕掛けになっている。
例えるならば、6枚のジグソーパズルがあり、それぞれも絵にはなっているのだが、この6枚を繋げると大きな1枚のジグソーパズルになる…みたいなイメージだ。
また章については、普通に本を読もうとした時…つまり表紙から裏表紙まで1枚1枚ページをめくろうとした順番で、1~6章と定義することとする。
登場人物への説明は省く。
勿論、好きなように読むのがベストである、ということも書き添えておく。
時系列順にした場合
第4章 飛べない雄蜂の嘘
第1章 名のない毒液と花
第5章 消えない硝子の星
第3章 笑わない少女の死
第2章 落ちない魔球と鳥
第6章 眠らない刑事と犬
時系列順のあらすじ
第4章の主人公、チエが小学4年生の時に大ケガをする。
これを錦茂(ニシキモ)が助ける。
↓ 約20年後
チエが同棲していた田坂を殺害する。
偶然殺害現場に居合わせた錦茂と共同で、田坂の遺体処理を行う。
錦茂はしばらくチエと同棲していたが、チエの前から姿を消す。
チエが『天使の梯子』を見る。
↓ そこまで年月は経っていない?
第1章の主人公、吉岡利香の夫、精一と江添が探偵業を始める。
依頼人から犬を譲り受ける。
利香の教え子、飯沼が不良といるところを発見する。
利香、江添、飯沼の目の前で、交通事故により精一が死亡。
犬も轢かれ、後遺症が残る。
江添が犬を『吉岡精一』と名付ける。
↓ 約12年半後
第5章の主人公、飯沼の勤務先のダブリンでホリーの終末看護を担当する。
ホリーの妹のステラ、娘のオリアナと出会う。
ホリーが亡くなる。
オリアナはステラの下で暮らすことになる。
オリアナはホリーの生まれ変わりである蝶を飼う。
↓ そこまで年月は経っていない?
第3章の主人公、新間がダブリンを訪れる。
物乞いをするオリアナと出会う。
新間がオリアナの蝶を逃がしてしまう。
オリアナが蝶がいないことに気づき、探しにいき交通事故に巻き込まれる。
オリアナは亡くなってしまうが、それを新間はのちに知ることとなる。
↓ 5か月後
第2章と第6章は同タイミングの話。
主人公たちの暮らす街で殺人事件が起きる。
第2章の主人公、普哉は野球の自主練中に錦茂と出会う。
自主練中に現れた奇妙なヨウムに興味を持つ。
第6章の主人公、小野田母は隣家の殺人事件の犯人を追っていた。
江添は犬の吉岡精一とペットを捜索していた。
このペットは普哉が追いかけていたヨウムであった。
錦茂、普哉が天使の梯子を見る。
同じものを、飯沼が帰国中の機内から見る。
同じものを、江添、利香が見る。
多分同じものを、第6章で出てくる啓介が見る。
おすすめの読む順番
まず、各章単体ではわからないことが、どの順番で読めばわかるのかを整理したい。
・第1章ラストに出てくる13年後の江添と犬の行動の理由がわかる。
第1章→第6章
・第2章でヨウム探しを誰に依頼していたかがわかる。
第2章→第6章
・オリアナの話していた英語の意味がわかる。
第3章→第5章
・錦茂が『天使の梯子』を追い求めた結末がわかる。
第4章→第2章
・オリアナがその後どうなったかがわかる。
第5章→第3章
ざっとこんなところだろうか。
ということで、それぞれ下記を設定した。
第4章は最初に読む。
錦茂の若い時の話である第4章は舞台背景も一番古いため。
第6章は最後に読む。
謎の回収としては一番重要かつ多く回収できるため。
第1章→第5章の順で読む。
第1章ではヒネたガキであった飯沼の成長を感じるため。
問題なのは、第2章のタイミングと、第3章と第5章の順番だ。
第2章は作品間でどうこう…というのが、錦茂の存在くらいしかないので、第4章を事前で読めているのであれば、差し込むタイミングはどこでもよい気はする。
江添によるヨウムの捜索も、別に江添が依頼されているということを知らなくても第2章は成立するので、些細な問題である。
第3章と第5章の順番について。
ホリーが死ぬ前のオリアナの様子から、ホリーの死後直後のオリアナの様子、オリアナとステラ2人で暮らしていく、というところまでの第5章。
この2人暮らしが資金面で厳しく、物乞いをするオリアナの様子と、オリアナが死んでしまうところまでを描く第3章。
第5章→第3章の順番で読めば、オリアナの一生を追える。
第3章→第5章の順番で読めば、オリアナが結局亡くなってしまうことが分かった上で読むこととなる。
オリアナは母の死を乗り越えて生きているのに亡くなってしまう、という風に読みたいか、物乞いの少女はこんなに懸命な思いで生きていた、帳にこんなにも思いを持っていたのか、という風に読みたいか、の違いだろうか。
いずれにせよバットエンドである。
しいて言えば、新間の悪意のない興味本位の行動が台無しにしてしまった…という『何やってんだよ!』という思いを抱けるのが第5章→第3章、『オリアナ(新間のせいで)ごめんな…』という思いを抱けるのが第3章→第5章、だろうか。
どっちの順番でもそれらしき感情は抱けると思ったので、個人的には時系列順の第5章→第3章の順をオススメする。
まとめると、この2通りの順番がいいかな。
① 4→2→1→5→3→6
第4章 飛べない雄蜂の嘘
第2章 落ちない魔球と鳥
第1章 名のない毒液と花
第5章 消えない硝子の星
第3章 笑わない少女の死
第6章 眠らない刑事と犬
② 4→1→5→3→2→6
第4章 飛べない雄蜂の嘘
第1章 名のない毒液と花
第5章 消えない硝子の星
第3章 笑わない少女の死
第2章 落ちない魔球と鳥
第6章 眠らない刑事と犬
まとめ
どこから読んでも成立するが、抱く読後感は変わる。
これは『どこから読んでも違和感が無い』ようにしなければならない、ということだ。
同じようなことを言っているように聞こえるが、そうではない。
例えば、2章を読む際に、1章を通ってきている人と、通ってきてない人がいる…もっと細分化すれば、2→3から1に来た人、2→4から1に来た人…とキリがないわけだ。
つまり、登場人物やストーリー進行についての理解度が全然異なる人が『同じ章』を読むことになる。
その全てが違和感の無いように作り上げなくてはならない。
…作者のスキルが末恐ろしい。
名作といった類の作品は「記憶を消してもう1度読みたい」などと言われることがあるが、まさにこの作品はそう言われるに相応しい。
数々の名作とは異なる『読む順番を読者に任せる』この仕掛けこそ、本作を唯一無二たらしめている。
読む順番はその人次第。なNでもよいのだ。