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『透明な夜の香り』がすごかったので紹介したい

千早茜さんの著書、『透明な夜の香り』を読みました。なんか、表現がすごいの!すごすぎて泣きそう。マジ無理。作家チョーすごい。(語彙)

というわけで読書感想文を書きたいのですが、物語の運び、展開、起承転結、伏線とその回収などに触れてしまうと、まだ読んでない人に申し訳が立たない。

なので、今回は私が「クゥ〜〜!痺れるゥ!」状態になった表現を一部抜粋、引用して紹介したいと思います。この記事を読んでも、まだ読んでない人へのネタバレにはならぬよう気をつけます。

以下、本記事の引用は、千早茜(2023)『透明な夜の香り』(集英社文庫)に拠ります。

では、緻密な表現の世界へ!!!!!


 昼下がりのスーパーはすいていて、どことなくぬるい空気が流れていた。特売品のコーナーに積まれた段ボール箱の縁に、ちぎれたキャベツの葉が力なく垂れ下がっている。

11頁

ちぎれた、キャベツの葉が、力なく、垂れ下がっている!?しかも段ボール箱に!?!?

誰もが1回は見たことある光景でありながら文字化しないもの選手権ナンバーワンじゃないですか???

情景描写ってのがありまして、主人公が元気だったら大体天気はいいし、上手くいってないか良くないことが起こる予兆として、雨降ってるか雷鳴ってるかっての、あるあるじゃないですか。

ご多分に漏れず、これは登場人物にとってはあまり思わしくない日々のほんのひとかけらのシーンなんですけど、「FRESH」「生鮮野菜」とどデカく掲げられたコーナーのひと隅に、このキャベツのしなしな感を見出して文字に起こすって、相当日頃の生活の観察眼がすごいというか。誰もがスルーして触れないところにスポットライトを当てた表現というか。

物語が始まって11ページ目ですが、序盤でここに心打たれ、千早茜さん大好きになりました。(早い)


(携帯で撮影した写真に写っている連絡先に)電話をかけようとして、携帯を持ったまま数秒悩み、床を這って、ローテーブルの上に転がっていたボールペンを手に取る。紙を探すが、ちょうど良いものが見当たらない。財布の中のレシートの裏に写真の番号を書き写し、それだけでひと仕事終えたような気分になった。

15頁、括弧内は筆者注釈

あの、私、これ、やったことあります!!!

スマホで写真撮って、いざその写真見て電話かけようとしても、11桁も瞬時には覚えられんのですよ人間は。だからその辺の紙にペンでわざわざメモして電話番号ぽちぽち入力して、コールするの。その紙がパッと見では見つからなくて、行き着く先はレシートの裏。わかる……!わかりすぎる……!

人間味すごいですよね。さっきからすごいしか言ってないですね。

次は文字なのに視覚的効果の強い、脳みそ震える一文です。


紫陽花あじさいの色で目を涼ませながら歩く。

44頁

う、う、


(フリー素材写真使用)


紫陽花の季節って、全盛期は梅雨ですし、梅雨と言えばジトジト、ベタベタ、夏になりかけのドロッとした暑さ、変に分泌される中途半端な汗の臭い。電車に乗るオジサンたちが一斉に臭い始める時期。いい事なんか紫陽花が咲いてること以外に無いと信じきっていた私でしたが、

紫陽花は、色で目を涼ませることが、できる。

それだけで十分だ……。

次は聴覚にアプローチします。よく聴いて。


 氷と氷がこすれる澄んだ音がたった。

75頁

これ、何がグッときたかというと、擬音語を使わないんだ……って感動したところなんですよ。

凡人ワールドカップ日本代表の私だったら、氷と氷がグラスの中でぶつかって「からん」とか言っちゃいそうなんですよ。それを、「澄んだ音」として、実際どんな音が響いたかは読者の耳に委ねるっていう、幅の持たせ方。

しびれちゃうな……。


次は、登場人物が少量のお酒を飲む場面。

レース模様のような細工のアンティークグラスで小さな泡がぱちぱちとはぜる。甘くて、花のような芳香がした。脳が薄桃色に染まり、吐く息までもが香る気がした。

135頁

げ、芸術……?

作者の文体の特徴として、効果的にひらがなを選んで書いているところが多いと思います。例えば今の部分が「パチパチと爆ぜる」だったら、こんな情緒は生まれないと思うんです(個人の見解です)。

ぱちぱちとはぜる。ノートに手書きしたい文です。

脳が薄桃色に染まる、からの、吐く息。脳から口元に一本の線があって、飲み物を飲んで息を吐く仕草一つに、なめらかさというか繋がりがあるというか。シームレス。それが全て良い香りのする薄桃色のような。素敵ですね。


次に紹介したいのは物語の背景も含めて伝えたいくらいですが軽めに。登場人物が、ある話を聞いて衝撃を受ける時の表現。

 心臓が細い金属で貫通されたように痛み、

156頁

い、痛い……!

心臓が縮むとか、締められるとか、キュッてなるとか、凡人オリンピック日本代表の私だとそう書きたくなるんですが、ここでは細い金属。しかも貫通。

具体物として針金などとは書いてないんですね。針金なんかよりもっと細く柔らかく糸状だけど、金属が持たせてくる確かな痛みがある、って感じを想像しました。


(夜に電話が鳴ると、)諦めに似たなにかが身体を重くさせ、電話以外のすべてが消える。夜の闇に私と鳴り続ける電話だけ。

208頁、括弧内は筆者注釈

これも、味わったことがあるなぁって気持ちに。電話が鳴ったその瞬間、どんな用事してても他のことやってても、電話に全ての意識を持っていかれるよね?あれどういう現象?

それを、「電話以外のすべてが消える」と表すのに目ェひん剥いて泡吹いて倒れちゃった。確かにすぎるので……。

これは私の話ですが、電話が苦手なので、着信があると震え続けるスマホをただ見る時間が訪れる。表示を見て、知ってる人でも「あぁ……」って、このあと何分くらい喋ることになるだろうって考えてから、えいっと通話ボタン押したり、知らない番号だったら「あと1コール遅く出ようかな……」とか思ってもたもたしてみたりする。

その間、全ての意識が電話に持ってかれているので、私にとって世界の全ては「電話」になっている。イコール、それ以外はその瞬間、消えている。

もしかして作者、私の事に詳しいな?(違います)

次で最後です。ちょっと長い文ですが、気に入っているので紹介させてください。

 目の前に発光する画面があった。子供が使う勉強机の上に、不釣り合いに大きなモニターがのっている。キーボードはところどころ英文字がかすれ、黒光りするマウスは巨大な甲虫のようだ。パソコンの稼働音が微弱な振動となって響いている。机の下や横にごちゃごちゃと置かれた四角い機械の箱たちが黄色や緑の点滅を宿していた。無数のコードが絡みあい、壁のコンセントに盛り上がるように繋がっている。

239頁

これ、あなたの家にもありませんか???

ウチにはあります!!!!

こちらの文章、ある部屋のパソコン周りをただ説明している文章なのですが、まず、英文字がかすれていて消えそうなキーボードと、良くない状況のがさつきが重なり、始まりから重い感じがします。

そもそもマウスって見た目がネズミのようだからそれと名付けられたんだと思うのですが、それをも覆い隠す比喩として「巨大な甲虫のよう」と言ってます。ネズミ以上の虫って怖すぎませんか???

稼働音がすることからパソコンはちゃんと生きている感じがするのに、「微弱な」で不気味さを演出した上に「響いている」で、まるでそれ以外の音がしていない、機械音の冷たさを感じました。

「四角い機械の箱たち」。パソコンと繋げる大切なパーツたちですが、そういうのに疎い人はそれの名称などわかりません。そいつらが、「黄色や緑の点滅を宿し」ている。

テレビ裏とかにもいるよね、黄色や緑の点滅。夜、トイレに起きちゃって家の中をそろりと歩く時に認識するの。黄色と緑。たまにオレンジとかも(私の話でありトイレは作品とは関係ありません)。その無機質な光の表現が巧みだなぁと思いました。

「無数のコードが絡みあい」、もう一生ほどけなさそうな感じがします。私は物語の展開も相まって、ここで絶望しました。


結論。

情景描写が、上手すぎる!!!!!

何様がどのツラ下げて何目線で喋ってんのという感じで大変申し訳ないのですが、生活に則した、些細な事象も見逃さずに状況説明に盛り込む視点の細やかさ、嗅覚や聴覚に訴える文章、そして物語の状況説明に欠かせない描写がすっごく精巧で、死んだセミのようにひっくり返ってしまいました。お手上げ。参った。降参。白旗。

どんなものを見て聴いて得て人生を歩めば、こんな書き方ができるんでしょうか……。

すっかり、千早茜さんのファンです。

『透明な夜の香り』を読み終えてしまい、ああ寂しい、もっと読みたい、続きがあればいいのにと嘆きながらネットを見ていたら、今年に『赤い月の香り』というタイトルで続編が出ていたんですね。しかも直木賞受賞作ということで。

即、本屋に駆け込んで買いました。

まだまだこの世界を楽しめるってことで幸せです。


※ここまでお読みいただきありがとうございました。引用のルールには気をつけていますが、著作権のことなどお気づきのことがあったらご連絡ください。

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