痛くないことにした傷が、見失わない現在地。
神田にある、カワセ楽器という楽器屋さんに行ってきた。
ギターの弦交換は、大きな楽器屋さんだと楽器ごとお預かりになることが多いので、こういう個人商店で目の前で施行してもらえる機会は、初学者の私にとって、とても勉強になった。
「本当は自分で弦交換できるようになりたいんです。」って言ったら、じゃあ一緒にやろうかって最後の2本を手渡してくれたので、おそるおそる初めて、自分で弦を張った。少し巻き始めが不恰好になっても「大丈夫大丈夫、巻ければ問題ないから。」と、最後まで面倒をみてくれた。
「はい、じゃあ最後、チューニングしてごらん?」そう促されて、初めて自分で弦交換をしたギターをチューニングした。それだけで、なんていうか分からないけれど、ただのチューニングがとても嬉しかった。
「なんで半音下げでチューニングするの?」
店主にそう聞かれて、あぁそっか、私ずっとBUMP OF CHICKENの曲を練習していて、チューニングしようとすると半音下げで合わせてしまう癖がついてしまっていたんだと、言われて気が付いた。
「このチューニングで、どうしても弾きたい曲があって。」
そう言うと、「人生の中で、そういう音楽に出会えたんだね。いいね。」って、またいつでもおいでって、優しくバイバイしてくれた。
◇◇◇
初めて自分のギターを手にしたのは、2020年7月18日、今から3年前のことだった。
はじめの頃は、ギターを背負って街を歩くだけでそれだけでなんだか格好いい気がして、嬉しくて、本当にスキップしちゃうかのような足取りでレッスンに通った。
防音機能の整った密室だった。
「レッスン用の監視カメラのついていない部屋に移動しよう」と言われた時、レッスン後に「飲み物を買ってあげるから」と自動販売機のある路地裏に連れて行かれた時、レッスンの帰り道に同じ方面だからとずっとついてきた時、ギターとは違う目的の圧を感じてしまう瞬間が怖くて、そのまま新宿の街から走って逃げた。
そして、ギターからも逃げた。
教室は解約して、ギターもクローゼットの中にしまった。
解約時に、「スケジュールのやりとりは基本LINEなんだよね」と言われて交換していた連絡先が実は規約違反だったことを知った。そのLINEで誘われた「ごはんどうですか」から2年間、「ごはん」の誘いをぜんぶ断るようになってしまった。同時にライブの後で滅多刺しにされた後輩の女の子のことを思い出すから胸がぎゅっと苦しかった。
それでもいつか、ギターが弾けるようになりたかった。
それはたぶん、おうちで繰り返しみたライブDVDで、あまりにもBUMP OF CHICKENの
音楽を奏でることはきっと楽しくて幸せで愛おしいのだろうということを知っていたからだと思う。
◇◇◇
2023年にギターを改めてはじめられたのは、教えてくれた人がいたからで、やっぱりBUMPの曲があったからだった。
1年間もずっと同じ曲を練習し続けていたのに、少しもその曲のことを嫌いにならなかったし飽きなかった。何度聴いても、何度弾いても、何度だって「もう一度聴きたい」「もう一度弾きたい」と思った。
下手かもしれないけれど、それでBUMPの曲が、ちょっとだけ弾けるようになった。私の中で、それってほんとにすごいことだった。だってあのBUMPの曲を、楽譜すら読めなかった私が弾けるようになったんだ。天地がひっくり返ったかんじだ。なんなら白状すると、私は教えてもらうまで四分音符がなんなのかすらわからなかった。メトロノームのカチカチに合わせて手を叩くことも上手に出来なかった。ただ感覚で、音楽が好きなだけだった。1からのスタートどころかマイナスからのスタートで、ゼロになるだけでもやっとのことだった。
それでも1年間ちゃんと続けられたんだから、2024年は自分が欲しいと思った“ちゃんと良いギター”を買ったらいいよって言われてそれもそうだなって思った。この前選びにいって、その日のうちにお迎えしてきたんだ。桜の木で作られたギター。すごくすごくかわいいんだよ。そしてすごくすごく良い音が鳴るんだ。ずっと弾いていても弾き足りないの。大切なともだち。
私が近づいた5歩がちゃんと道になった。
そうしたら今年、はじめてBUMPのライブのチケットが当たった。
嬉しかった。
『当選』の二文字が、なにかしらの祝福や希望みたく見えてそれだけで2024年のこの先の12ヶ月がちゃんとぜんぶ楽しみに思えた。
別に何か特別でなくたっていい。私はただずっと私の好きなうたを、好きなだけ弾きたい。それでちょっとずつ弾ける曲を増やしたい。それだけでいい。それだけで楽しくて、それだけでそれが私にとっては夢のようなことだから。
やっぱりわたしには音楽がないとだめみたい。
痛くないことにした傷が、見失わない現在地。
ここから歌うよ。
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ヘッダー画像:BUMP OF CHICKEN