見出し画像

一生懸命なニコラスから目が離せない~「ペギー・スーの結婚」

今月はコッポラ月間。
コッポラというとやっぱり「ゴッドファーザー」シリーズが思い浮かび、その重厚な作りから、硬派な監督なのだろうと思っていた。
「カンバセーション」「地獄の黙示録」あたりはそうなのだが、それ以降はけっこうライトでファンタジーな作品も作っていることを知った。
その中の一つ、1986年公開の「ペギー・スーの結婚」を紹介したい。

いわゆるタイムリープもので、リープ先は1960年。コッポラが製作として携わった「アメリカン・グラフィティ」も1962年が舞台だったが、それと比べるとノスタルジーはさほど強調されていないし、そのあたりはやや雑な感じ。
最後まで観ていくと、タイムリープと言うよりは夢オチに近いと言えようか。いずれにしろ誰もが一度は夢想する「今の自分のままもう一度人生をやり直せたら」をテーマにしていて、鑑賞者一人ひとりが自分のこととして置き換えながら観るとなかなか味わい深いことだろう。

主演のキャスリーン・ターナーは当時31歳。それで43歳と18歳を演じるのだが、両者であまりメイクや雰囲気を変えていないので、どっちもやや違和感あり。母親としては若過ぎるし(娘と同じくらいに見えた)、高校生としてはフケている。アメリカの高校生は大人びているとはいえ、これはちょっとね。

もう一人の主演たるニコラス・ケイジ。金髪フサフサの髪型で当時22歳くらい。若い、のだがそうも見えないところがニコラス。
なんか、一生懸命演じてるなぁという印象で、微笑ましくなる。

ニコラスでこういうパラレルワールドものといえば、「天使のくれた時間」も有名だろう。

「天使の~」を観たときはさほどでもなかったのだが、本作に比べると構成がきちんとされているなと改めて思った。
本作の方は、ペギーの心情があっちいったりこっちいったりとやや掴みにくいためか、観ている側もどっちのつもりで心を向ければいいか戸惑ってしまうのだ。
たしかに思春期なんてそんなものなのだろうけど、100分ばかりで描くには目まぐるしすぎるのだよね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?