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春の小川/ギター教則本より
部活が中3の夏で終わって秋から本格的に高校受験の勉強が始まる。まわりのみんなは受験だ受験だと慌てていたが、そんなのどこ吹く風。勉強などしたことありません。
なぜなら天才タイプのバカだから。
ある日K川君の家で遊んでいるときに、ふとベッドの下の黒いケースに目がとまった。
「これ何?」
「ん?ギターだよ」
K川君は淡々と答える。
「え?ギター弾けるの?」
「ううん、叔父さんがくれたんだけどあんまり弾けないよ」
「おい、見せて見せて」
「いいよ」
K川君が黒いハードケースをゆっくり開けると中から真っ黒でピカピカに光ったレスポール・カスタムタイプ(たぶんギブソンではなかったと思う)のエレキギターが出てきた。
「おおおおおおおお、エレキじゃん!」
今までレコードジャケットの写真やテレビの中でしか見たことのなかったエレキギターが目の前にあって、しかもピカピカと黒く光っている。
「触らして!」
「いいよ」
「え?どうやって弾くの?」
「俺も分からんだよね。叔父さんがくれた教則本があるけど」
「見せて見せて。弾いてみていい?」
「いいよ」
「あ、ここがドだ。ペンペン。」
まだエレキギターにはピックやアンプが必要だなどということは、まったく知らない。生音だ。
「で?ここがㇾ?ペンペン。」
教則本を見ながら、ドレミファソラシドの位置を確認する。
今思えばチューニングはされていたんだな、たぶん。
ひと通り弾いた後で次のページへ。
春の小川。
春の小川はさらさらいくよの曲「春の小川」
K川君が教えてくれる。
「この曲は弾けるんだよ」
「おおおおお。すごいじゃん春の小川だ」
「ちょっとやらせて」
K川君の手から半ば強引にギターを奪うと、そこから何回も春の小川を練習してなんとか弾けるようになった。
リスナーから演奏者になった瞬間でもあった。
そこから毎日K川君の家に通ってエレキギターを弾かせてもらった。
もうすっかり自分の物みたいな気になっていた。
中3の秋の一日はあっという間に過ぎて行った。