シー・ラブス・ユー/ザ・ビートルズ She Loves You / The Beatles
ある日、K市のジャスコ(今のイオンね)の3FのKサウンドというレコード屋で何かレコードを買おうとうろうろしていたところ、高校生ぐらいのお兄さんが2枚のレコードを両手に持って交互に眺めてはため息をついていた。どうやらどちらを買おうか迷っているらしい。高校生とはいえアルバム2枚は買えないのだろう。片方はレッド・ツェッペリンのファーストで、もう片方はザ・ビートルズの「オールディーズ」だった。片やモノクロの重厚な飛行船のアルバムジャケット。片や極彩色のカラフルなサイケデリック男とドラムのジャケット。さんざん悩んだ挙句にそのお兄さんはツェッペリンのファーストを買っていった。
私はしばらく見ていて考えた。
「あれだけ迷ったんだから、もう片方もきっといいアルバムに違いない」と思い、さっきのお兄さんが棚に戻したザ・ビートルズの「オールディーズ」を買った。
家に帰ってレコードを取り出し、レコード盤に傷がつかないように慎重に針を降ろした。
「ブギュウ」
慎重に降ろしたにもかかわらず、一発で溝に嵌らず変な音がスピーカーから鳴った。当時のレコードの一番外側の溝周辺はキズだらけだ。
「ドロンドロン、シラブスユーイェーイェーイェー」
リンゴのドラムイントロに続いていきなり曲が流れ始めた。
今までに聴いたことのない感じだぞ。何だこれ。
沢田研二や山口百恵とは明らかに違う。
どういう音楽なんだろう。不思議な感覚になった。
でも聴き進んでいくに従って何となくどこかで聴いたことがある曲がちらほらと出てくる。
「あ、これビートルズの曲だったんだ」
「あ、これも知ってる知ってる」
一人で声に出して口ずさみながら喜んだ。
姉がカーペンターズのレコードを聴いていたから聞き覚えのある曲もあったし何より洋楽に抵抗なくすんなり聴くことができた。
そこからは何度も何度も繰り返しA面を聴いてはひっくり返しB面を聴いてはひっくり返し。エンドレスでずっと聴き続けた。
歌詞の意味を知りたかったがまだ英和辞典を引くことはできなかった。
だって小学生だもん。
ジャケットのドラムのイラストに触発されて、リズムを取りたくなった。雑誌をガムテープでぐるぐる巻いて、それを拾ってきた棒で叩いてドラムのつもりで叩いた。
パチパチ。ガンガン。
まさか足でもドラムを蹴ってるなんて田舎町の小学生には知る由もなかった。
すっかり頭の中がビートルズで一杯になったころ、一つの考えが浮かんだ。
「お兄さんが買っていったもう一枚のレコードもこのぐらいカッコいいんじゃないか?」
そう考えると、もういてもたってもいられなくなった。
「今度またKサウンドに行ってレコードを買おう。あのモノクロの飛行船が書いてあるジャケットのレコードを」
そして夜中にトイレに起きたついでに母親の財布からこっそり2500円を抜き取ったのだった。