懐かしいファンタジー (あまんきみこ『白いぼうし 車のいろは空のいろ』(ポプラ社、2000)読書感想文)
ふわっとそよ風に乗ってやってくる、どこか懐かしいファンタジー。それがこの短編集『白いぼうし』の印象です。
空色のタクシーの運転手、松井さんのところには、いつも不思議なお客がやってきます。人間のふりをして車に乗り込む動物たち。過去の町に向かって旅をする人。動物と人間の間の境目、過去と現在の境目が柔らかく溶けていきます。
作品はどれも無駄のない磨かれた言葉で書かれ、まっすぐに読者の心に届いてきます。北田卓史さんのぽっくりと温かな挿絵はお話を引き立てて、ゆったりと親しい気持ちにさせてくれます。素朴で可愛らしく、温かく健康的で、決して読者に媚びるところがありません。
特に印象に残るお話は、やはり表題作の「白いぼうし」です。道に置かれた白い帽子の中から一羽の蝶が舞い上がる光景は、まるで実際に見てきたかのように心に焼きついて離れません。松井さんが帽子の中に入れる夏みかんも印象的で、爽やかな香りの風が吹いてくるようです。
突然現れたかわいい女の子の不安げな様子。野原を飛んでいる蝶たちから聞こえてくる「よかったね。」「よかったよ。」という小さな小さな声のリフレインも忘れ難いです。
「くましんし」も好きな作品です。タクシーに乗せたお客が忘れていった財布を届けに、お客の家まで行った松井さん。そのお客の紳士は、タクシーの後部座席に座っていた時、まるで熊のように見えたのです。松井さんは家に招き入れられ、紳士が本当に熊だったことが明かされます。そして、人間に追われて故郷の「こたたん山」を出た経緯を聞かされるのです。温かくて悲しく、それでいてどこか力強さを感じさせるお話です。
人の世界に くまがすむ
くまの世界に 人がすむ
こたたん こたたん
どちらがどうか わからない
どちらがどうでも かまわない
こたたん こたたん
松井さんが、くましんしの真似をして歌うこのフレーズが、この『白いぼうし』を貫く大きなテーマにもなっています。人間と動物が同じ世界で混ざり合って、「どちらがどうかわからない」「どちらがどうでもかまわない」くらいに対等に付き合って暮らしているのが、この作品の世界なのです。熊が人間の姿で人間と同じ暮らしをしていることを「あたりまえのことのように」思える松井さんは、私たちと作品世界をつなぐ大切な導き手になっています。
この本に掲載されている作品は、ただただ幸せなだけのお話ではありません。時にはタイムスリップを通して戦争の残した傷跡をためらいなく描き出します。何者かに囚われたような状況に陥って、読んでいて不安になる怖いお話もあります。
しかし、読者は決して、一人ぼっちで不思議な世界に迷い込むのではありません。松井さんという、心優しい主人公の目を通して見ることで、私たちは安心してお話の中に入っていけるのです。
この作品を読んで改めて感じましたが、ファンタジーは、ただ机上で作っただけの架空の作り事ではなく、その中にひとしずくの真実が含まれているから、読者を引き込む力を持つのではないでしょうか。
故郷の山を追われた熊の気持ち。亡くなった子どもや年老いた親を思う家族愛。戦争の辛い記憶。人間に捕まって悲しんでいる魚や蝶。そういった真実が込められていることによって、この短編一つ一つが説得力を持っているのですね。
児童書ですが、ガッチガチの現実の生活に囚われている大人にも読んでほしいです。読み終わった後、世界がそれまでよりもちょっぴり温かく、新しいものに見えてくるのではないでしょうか。