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弱さという強さ【平熱のまま、この世界に熱狂したい 読書感想文】

エッセイストを志している割には、あまりエッセイの本を読まない。noteではむしろエッセイばかり読んでいるのだが、実際に出版されている書籍を読むことも大切だと思い、以前から気になっていた本を買った。今年の9月のことだ。

宮崎智之さんの『平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版』(以下『平熱』)。以前ちらっと匂わせていたのはこの本だった。
今回はこちらの読書感想文を書いていこうと思う。

まず驚いたのは、宮崎さんの文学の造詣がとんでもなく深いことだ。
本書は20以上のチャプターがあるが、ほとんどに文学作品の引用がある。太宰治や二葉亭四迷のような明治時代の文学や、宇治拾遺物語のような古典なんかもある。途方もない数の本を読み込んでいなければできない芸当だ。

そしてそれをエッセイに取り入れているのがすごい。正確にいうと、「日常生活で感じたことを文学とリンクさせる」力がすごい。それほど文学への熱量が大きく、日常への関心が高いんだろうなと思う。

このことから、僕は思った。漫然と日々を貪るのではなく、かといってひたすら読書に明け暮れていればいいというわけでもなく、現実に目を凝らし、受け止め、咀嚼し、反芻すること。それがエッセイになるのではないか、と。


もう一つ、本書の大きな魅力を紹介したい。
それは、「弱さとは強さである」ということだ。二律背反的な表現だが、そういいたくなるなにかが本書にはある。

宮崎さんは、小・中学校時代にろくすっぽ勉強をしなかったり(当時の自身を「愚鈍な肉」などと表現している箇所がある)、アルコール依存症によって体を壊したりと、なかなかハードな人生を送ってきている。決して華やかで輝かしい道ではなかっただろう。

しかし、そういった弱き者としての生き方がある。作中の表現を引用すれば、「なぎの状態に身を置く」ような生き方だ。
自分の弱さや愚かさを自覚し、受け入れることで、足元に転がっている些細な事象にも思いを馳せることができるようになる。それって、物書きのみならず、人として大切な能力なのではないかと思う。

大人になるにつれて子どもの頃の心が失われていくように、強くなってしまうと弱き者の心が失われてしまいがちだ。でも宮崎さんはそうではない。弱さをむしろ贅沢なものとして享受している。だからこそ『平熱』のような本を作ることができる。
それが宮崎さんの強みstrengthであり、先に述べた「弱さとは強さである」所以だ。


また、『平熱』には、笑いの要素も多分に含まれている。こと3章「弱き者たちのパレード」はそれが顕著であり、ニヤニヤクスクスしまうこと必至だ。真面目一辺倒なエッセイと思っていたら、笑いの不意打ちを食らってしまう。そんな小市民的なユーモアがあることも、宮崎さんの魅力といえる。


だいぶ簡単ではあるが、以上が『平熱』の感想になる。太陽のような輝きというより、月のような煌めきを持った素晴らしい一冊。ぜひ手に取ってみてほしい。

『平熱』は、静かな応援歌だ。弱き者が生きていくには多難なご時世だけれど、この静かな応援歌を携えて、僕も平熱のまま熱狂してみたい。




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アルロン
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