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ガラスじゃなくても【#シロクマ文芸部】
こんばんは、樹立夏です。
今夜も滑り込みセーフで投稿させていただきます。
今回こそは間に合わないかと思いましたが、なんとかなりました。
小牧幸助様、いつもいつもありがとうございます。
それでは、本編をどうぞ!
***
ガラスの手なんかじゃなく、普通の義手にすればよかったのに。その方が、生活にも困らないでしょうにと、母は悲しそうな顔をした。
実家に帰省し、農作業を手伝っていた時、左手首から先を機械に挟み、失った。私は、コンテンポラリーダンスを生業にしている。手先の表情は、ダンスの要だ。失ってしまったものは、現在の医療ではもとには戻せない。
プロのダンサーとして、失ったことを後悔しないで済むくらい、新しい何かが欲しかった。そうだ、ガラスだ。ガラスの手が欲しい。
ダンサーとして復帰した私の左手は、話題を攫った。スポットライトを浴びて、私の左手は、きらきらと輝く。復帰直後、「障害に負けずに頑張っているダンサー」というフィルターを通して、私を応援してくれていた人たちも、徐々にフィルターを外して、私のダンスそのものを見てくれるようになった。嬉しかった。手を失う前は、こんなに素晴らしい気持ちには、なれなかった。
「ネム。あなたの望みを叶えてあげたのよ」
ガラスの手が、喋った。
「あなたは、他の誰とも違う、特別な誰かになりたがっていたじゃない? さあ、次は何がお望み?」
私は答えた。
「私、皆に伝えたい。諦めなければ、どんな形でも夢は叶うってことを。もっと、もっと多くの人に」
「ネムって、本当にいい子。いいわ。私が、手伝ってあげましょう」
多くの媒体が、私を起用し始めた。テレビ、雑誌、SNS。私の名前は、広く知られるようになった。街で私のガラスの手を見かけない日はないほどに、私は「時代の顔」となった。
不穏なニュースが飛び込んできたのは、それからすぐのことだ。
私のようにガラスの手を手に入れたくて、腕を自ら切り落とす人が続出したのだ。
ちがう。私が伝えたかったのは、そういうことじゃない。
「ネム、あなたの望みを叶えてあげたのに、どうしてそんな顔をするの?」
ガラスの手はため息をついた。
「いい? ものごとはもう、あなたがどうにかできる範囲をとっくに超えているのよ、ネム」
ガラスの手は、けらけらと私を嘲笑った。
私のもとには、ひっきりなしに取材が来るようになった。腕を切り落とす人が続出していることについて、どう思っているのか。どう責任を取るのか。これからもダンサーとして活動を続けるのか。
「あなたはどうしたいの? ネム」
「全部やり直すわ。初めから、全部」
私は覚悟を決めると、ガラスの左手を思い切り地面に叩きつけた。
粉々に砕けたガラスの手は、最後に悲鳴を上げた。
新しい何かなんて、初めから必要がなかったのだ。私はひっそりと実家に帰ると、片手でできる範囲で農業を手伝った。そうして、一年が過ぎた頃、小さなお客さんがやってきた。小学校三年生の、メイちゃんだ。
「ネムちゃんのダンス、大好きなの」
「ごめん、メイちゃん。私の手はもうガラスじゃないんだ」
「ちがうよ? メイ、ネムちゃんのガラスの手がすきなんじゃないの。ネムちゃんが楽しそうに踊っているところがすき」
メイちゃんには、生まれつき、右腕がない。
「ネムちゃん。メイにダンス教えて?」
ぼろぼろと、涙が頬を伝う。ガラスの手がなくても、この子は私を必要としてくれている。
「メイ、ネムちゃんの手だけじゃなくてね、ネムちゃんの全部がすき!」
私は、メイちゃんを抱きしめた。
「わかったよ。一緒に、踊ろうか」
<終>
同じ書き出しでも、作者さまによって紡がれる物語は、まさに百花繚乱。
いつも感動し通しです。
この企画が続いてくれることを祈っています。