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【連載小説】本屋と配達(6話)

有限会社クリーンタイルに朝の6時45分に到着した。今日から現場で一緒に働く高倉さん、中里さん、相武さんに挨拶をした。高倉さん、中里さんは60歳を超えている気がする。相武さんはまだ若く30代くらいだろうか。車中で仕事先の現場に到着するまで誰一人話すことはなかった。

現場に着くと僕は仕事を指示されて教育された。高倉さんの言葉はあまりにも訛りが強く、荒い言葉遣いで半分以上何を言っているのかわからなかった。仕事中に中里さんを近くで見るとアルコール飲み過ぎか地黒なのかわかないが顔が黒く変色していた気がする。中里さんはずっと高倉さんの後ろについてペコペコしていた。相武さんはとても命令口調で僕に仕事を指示をしてくるのでとてもじゃないが側にいたいとは思えなかった。

辛いな。

この日の仕事をなんとか終えることができたけど、自分の思っていることがなかなか言えず疲れた。3人がどんな人なのか気になるけど、この人達と友達になることは難しいのかもしれないと田辺は思っていた。まだ若い田辺の人間関係は友達の延長線上にあるとしか思っていなかった。仕事をしてお金を稼ぐってことがあいかわらずわかっていなかった。

オフィスビルの清掃をこの日はしていた。階段を隅から隅まで綺麗にするためにスポンジでゴシゴシしていた。僕は顔見知りではない知らない人と近くで作業しているからか仕事にあまり集中することができなかった。仕事中はなぜか小学校の頃少し仲の良かった友達のことを思い出していた。その友達とサッカーをしたりカードゲームで遊んだり、ゲームセンターで対戦ゲームをしていたことを思い出していた。

清掃員として一番になりたいと思っているくせに人目が気になり努力することができず、かといって周りの人にうまく媚びを売ったりすることができない不器用な田辺は精神的に少しずつ病んでいく気がしていた。

仕事終わりに本屋に寄った。最近できたという小さな本屋だ。とても雰囲気がよく手書きでオススメの本をポップアップを作っていた。そこの店員さんの仕草がとても可愛かった。

名前は日向という。苗字なのか名前なのかわからないがとても可愛かった。僕は話しかけたかったけど、遠くで見惚れることしかできなかった。せめて本を買おうと思い自己啓発本や小説、ビジネス本など多種多様な本を読んでいることをアピールしたくて色んな本を買った。

近くで日向さんを見ているとよりドキドキしてしまい話しかけることなんてできなかった。同い年くらいだろうか。けど大学生かな。相手にしてくれないよな。あいかわらずコンプレックスまみれの田辺は帰り道に必要以上に買ってしまった本を後悔していた。

自分のアパートの前に着くと夕刊の新聞配達していた顔も知らないお兄ちゃんがずっとウロウロとしていた。僕は新聞を購読していなかったので誰か別の人が購入していたのだろうが、どこか様子がおかしかった。普段の僕なら通り過ぎて家に入るところだったけど僕は寂しくて誰かと話したかった。

「お兄さん。どうしたんですか」
「実はこのあたりでバイクの鍵を落としたらしいんです。次の配達があるんですが困っていて、ご迷惑をおかけしてすみません」
「別にいいんですけど、僕も探しますよ」
「本当ですかぁ〜!!ありがとうございます」

それから二人でアパートの周りの探していた。すると隣の家の柵の向こうで光るものを見つけた。僕は鍵が落ちている方向を指を差した。

「もしかしたらあれじゃないですかね」
「あっ。本当だ。僕の鍵だ」

お兄さんはすごい勢いで鍵の方に向かい走り鍵を拾い上げた。

「ありがとうございました。わざわざ僕のために一緒に鍵を探してくれて」
「別にいいんですよ。困ったときはお互い様じゃないですか」
「いやいや、そんないい人世の中少ないですよ。本当にありがとうございました。お礼できなくてすみません」
「それよりも配達行かないとお客さんに怒られてしまいますよ」
「本当にありがとうございます。あなたみたいな人が世の中に増えたらいいですね。お言葉に甘えて行かせもらいます」

夕日に背に新聞配達のお兄さんは次の配達先に向かって行った。

「あなたみたいな人が世の中に増えたらいいか」

自分に自信のなかった田辺はこの薄っぺらい言葉がなぜか心に刺さった。

家に着くと田辺は録画していたアニメやバラエティ番組を見る気になれず、さっき日向さんへのアピールで買った本をなぜか読み出していた。

「本読も」

あぁ。明日なんて来なくてもいい気がした。こんなふうに夜に本が読めたらそれだけで幸せなのかもしれないな。高倉さんのこと中里さんのこと、相馬さんのこと正直まだうまくやっていける気がしない。ただ僕はまだあの人達のことを全く知らないし嫌いになるにはあまりにも早すぎるかもしれないな。

あのお兄さんが言うようにもしかしたら僕はそんなに悪い人間じゃないかもしれないし。だからもう1日だけ頑張ってみよう。それで本を読んでまた日向さんが働いているあの本屋で本を買おう。

自分にそう言い聞かせてその日はぐっすりと寝てしまった。

続く


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