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Cusco の魔法の野菜スープ  (#文脈メシ妄想選手権)


リマからクスコへ向かうバスで、乗り物酔いをした。

ちょっと気分悪い…なんてレベルのものではなく、
トイレへ行くことも出来ずにその場で吐き続けてしまうような
最後は胃液がでてくるような
激しい吐き気の伴う酔い。

——-—–

防犯のためか座席付近の窓は開かず、
なんとか辿り着けたトイレの小さな窓から
外の空気を吸う。

バスはアンデス山脈まわりをすすんでいて、
涙が滲む目でも、景色がとても美しいことは捉えることができた。

透き通るような青い空に、鮮やかな緑の芝。

道は赤みがかかった茶色で、砂埃を上げている。

バスはガタガタと激しく揺れながら、
右に左に結構なスピードでカーブを切り、
山道を進んでいく。

隣席の彼が背中を摩ってくれる。

優しさとあったかさに
寄ってしまっていた眉間の皺が緩み、
少しだけ表情が和らぐ。

私は目を閉じて、
意識を手放したいと願う。

———-

ときどき、成功して、眠ることができた。

いくら座席が広めにとられ、リクライニングもできるとはいえ、
バスのなかでの睡眠は浅く、質が悪い。

それでもこの地獄のような時間が経過してくれたことに代わりはないから、
私は期待を込めて、掠れた声を絞り出す。

「後何時間?」

最初に聞いたときの答えが
あと14時間で
(バスの時間は全部で21時間。その時点では3分の1だった)
少なくとも一桁の数を期待してた私は
目の前が真っ暗になるような気持ちがした。

(というか文字通り真っ暗であった。バスは暗闇の中を走っていたから。)

しんどさが増すにつれて、時間を訪ねる頻度も増し、最後は30分おきくらいに確認していたと思う。

5時間半から永遠に減らない。

本当に地獄だった。

———-

バスに揺られていた21時間の間、
一度だけ、外に出ることができた。

白い服が汚れることも構わず、
煤がかかっていそうな土壁に思い切り寄りかかる。

久しぶりに外の空気を吸って、一気に回復…とはいかず、
気持ちよさそうに煙草を吸う他の乗客を羨ましく横目で見ながら、
添乗員さんの という合図を受けて、
私はフラフラと階段を登り
二階の自席に戻る。

斜め後ろに座っていたナイジェリア出身の女性が駆け寄ってきて、
“Here. Take this.” と薬をくれた。

赤と白のカプセル錠

毒々しい赤だと思いながら、
藁にも縋る気持ちで
薬を飲み込む。

“Thank you so much. You saved my life.”

と言って、私はまた浅い眠りについた。

….もっとも、数時間後にはしっかりその薬も吐き出してしまうのだけれど。吐いたものが赤いので、最初は自分の血かと思ってとても驚いた。

———-

21時間後、ようやくバスは目的地クスコに到着し、
私は待合室の椅子に倒れこんだ。

エクアドル人の夫婦が
声をかけてくれる。

スペイン語がわからない私に聴き取れたのは

“Mareo“ (乗り物酔い) と ”Mate de Coca” ( コカ茶 )

の2単語のみ。

乗り物酔いには、コカ茶を飲みなさい
と言ってくれてるんだろうと理解して、

“シィ グラシアス“ と頷く。

旦那さんが、薬を持ってきてくれた。

“Mareo” と言って
グイッと飲む真似をする。

白くて丸い小さな錠剤。

さっきみたいに赤くないんだ

とボーッとする頭で考えながら
水で流し込む。

彼は早口のスペイン語で
タクシーはスペイン語がわからない観光客からぼったくるから、
というようなことを言って(おそらく)
タクシーの運転手に話をしに行ってくれた。

宿まで10ソル(350円)で行けることになり、
私はタクシーに乗り込む。

“マレーオ” と伝えると
運転手さんが何かを早口でまくし立てる。

手を前に出すジェスチャー。

なんのこと?

と戸惑っていると、

彼は赤信号の隙に振り返って
私の手を掴み、
助手席のところへ腕ごと引っ張り出した。

黒い瓶からオイルのようなものを出し、
私の右手に塗りたくる。

どういうこと?

彼は自分の両手を擦り合わせ、
顔の前にもっていって、
嗅いでみせる。

なるほど、これを嗅げということか

運転手の真似をして
両手を擦り合わせ、
鼻を覆うようにして
大きく息を吸い込む。

ハーブ系のあたたかくてエキゾチックな香りのあとに
ミントのような爽快感がきた、
ような気がする。

朦朧する意識の中で、ほとんど覚えていないけれど。

良い香りなのかはわからなかったが
ゲストハウスへ向かう道中、
それを嗅ぎ続けた。

———-

部屋に通されてからは、死んだようにベッドの上で眠り続けた。

ベッドに横になるのは、三日ぶり。

成田を出てから、
機内泊でメキシコシティー観光
機内泊でリマ観光
そこから21時間の長距離バスを経て
初めて 180度身体を横たえることが出来た。

淹れてもらったコカ茶を三口だけ飲んで、また眠る。

15時間程眠っただろうか

起きて、4日ぶりのシャワーを浴びる。

そのときの私と同じくらい水圧は弱々しく、4日分の汚れはゆっくりと時間をかけて流れ落ちていった。

———-

シャワーを浴びると、働いてなかった頭が徐々に動き始め、私はとてもお腹が空いていることに気がついた。

思えば、丸2日くらい何も食べていない。

バスに乗る前にリマで食べた Ceviche や
バスの中でちびちびと食べていた HARIBO のグミは、全部とっくに吐き出してしまっていた。

「おなかすいた」

ふいにそう言うと、相変わらず心配そうに私の様子を伺っていた彼が笑った。

「何が食べたい?」

「...やさしいもの。あったかいもの。できれば、日本食。」

日本を離れ、はるばる地球の裏側までやって来て、まだ4日。

困らせてしまうかなと思ったけれど、食べたいものは食べたいものなんだから仕方ない。

彼は一言「わかった」と言って、スマートフォンを手にとり、調べものをはじめた。

「歩ける?」

頷いて、宿を出る。

富士山くらいあるという標高のせいだろうか。
太陽が近く、空気がうすい感じがする。

荷物も体重も隣に預けるようにして、
よろよろと歩を進めた。

ふくよかでカラフルな洋服を着た女性や、
はためく虹色の旗をぼんやり眺めながら、
何度も角を曲がると、

Pucara という plaza de armas(メインの広場)の近くにあるレストランが現れ、
おばさん達が愛想よく迎えてくれた。

和やかな雰囲気の店内で、
手渡されたメニューには日本語もついており、
なんだかすごくほっとする。

『やさしいもの... あったかいもの...』

『できれば、日本食。』に辿り着く前に、私の心は決まった。

.

Sopa de Verduras ー 野菜のスープ

なんてやさしい響きなんだろう。

運ばれてきたものは、私の想像していた見かけとは少し違っていたけれど、
ひと口食べて、驚嘆した。


見た目からは想像つかないくらい、美味しくて、美味しくて、美味しかった。

野菜1つ1つの旨味と栄養分とあたたかみが身体に沁みていくかんじ。

例え全く同じものを作ってもらったとしても
あの感動はもう味わえないんだと思う。

あのとき、あの場所で、あの状態で、あの人といたから、感じられたもの。

そういう類の美味しさ。


———-

夢中になって、野菜スープを口に運んでいたら
隣の人に話しかけられた。

「ニホンジンデスカ?」

カタカナで書くか迷うくらい、流暢に日本語を操る彼は、
アビさんというペルー人ツアーガイドだった。

彼と一緒に食事をしていた女性がキャロラインと名乗り、
私達は2人の出逢いや、キャロラインのこれまでの旅の話で盛り上がった。

キャロラインは 60歳 というのが信じられないくらい若く見えたし、
南米を車で移動したという旅の話もとても面白くて、
私もこんな年の重ね方をしたいと思った。

連絡先を交換して、
お互いにカナダ/日本に遊びに来たら連絡してねと言って別れる。

美味しいものを食べたことと、
思いがけない素敵な出逢いに
私は随分元気になって、
帰りの足取りはまるで別人のようだったと思う。

———-

数時間前まで、まるで生きた心地がしなくて
支えてもらわないと起きることもままならなかったのが、
今はしっかりと自分の脚で歩いている。

…歩いているけれど、
やっぱり人には支えられていて、
私はそれを噛み締めたいと思った。

いろんな人の顔が頭に浮かぶ。

あと少しだよって励ましてくれた添乗員さん、
赤い薬をくれた彼女、
白い薬をくれたエクアドルの夫妻、
よくわからない何かを嗅がせてくれたタクシーの運転手さん、
美味しいスープを作ってくれたおばさん…

この名もなき登場人物たちのおかげで、
私のクスコの思い出は、いつのまにかとても暖かくて明るいものに変わっていることに気づく。

冷静に考えたら、
名前も知らない、何なら言葉もわからない人からもらった薬を飲むなんて、
なかなか大胆なことをしたなと思うけど、
この人たちは大丈夫って、私の直感が告げていたのだから仕方ない。

それから、隣で2人分の荷物を抱え、私のことを気遣いながら、ゆっくり一緒に歩いてくれる人。

4日間お風呂にも入らず、吐き続けてる彼女なんて、絶対いやだと思うのに
嫌な顔一つしないで看病してくれて、
心の底からありがたくって
なんだかもう、言葉にできない。

手をきゅっと握ると、ぎゅっと握り返された。

嬉しくなって、さらに強くぎゅーっと握り返したら、いたたたと笑っている。

いつか、あなたが風邪をひいたら。

とびきり美味しい野菜スープをつくってあげよう。


◆◆◆

 #文脈メシ妄想選手権 という企画をみかけて、とても共感したので参加してみました。

実話です。

後にも先にも、あれほど美味しいスープにはまだお目にかかれていないなぁ。
(同じ感動にはもう出会えない、それが文脈メシ。)

隣の彼に、なんであの時、このお店にしたの?ときいたら、

「うどんが食べたいんだと思った」と言っていました。

...たしかに。
やさしいもの、あったかいもの、日本食、(で海外のレストランで食べられそうなもの)の条件を全てクリアしている...!

そして、確かにこのお店 (Pucara) にはうどんがあった...!

すごい。探偵みたい。

(探してくれてありがとう&あっさり裏切ってごめんなさい。
そしてたぶんこの会話するのはじめてじゃない気がする...。)

これを読まれた方が、もし今後クスコにいくことがあったら、
是非 PucaraSopa de Verduras を食べてみてください。

そして、南米で長距離バスに乗る際は、タイヤの上の2階席には用心してくださいね。(そもそも無茶なスケジュールを立てないことが一番ですが。)

こんな感じで、また旅のことを思い出して書いていこうかなぁ〜

現場(自宅)からは以上です。

▷ 本日は素朴な味でお届けしました。

2020.05.06  とがり チヨコ

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--------参加した企画---------

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ほそい りさ
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