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【日本酒学】第9回「製麹」

今回は日本酒の造りにおける第二の工程である「製麹」についてまとめていきます.
原料米の糖化を行う糖化酵素を生成する麹を育成する重要な工程です.
日本酒検定なんて興味ないという方は「今回のコラム」だけでも読んでいただけると嬉しいです🙇🏻

<本シリーズの基本コンセプト>
読むだけで日本酒検定1級の合格に必要な知識を得ることができる
・Why/Howに関する補足を入れることで日本酒検定に興味がない方にとっても面白いと感じてもらえる読み物にしたい
・検定対策とそれ以外を切り分けるため,記事は以下の構成とする
 ①トピックス  ・・・ 日本酒検定に出題される内容を抽出した解説
 ②演習問題   ・・・ 過去の日本酒検定問題を紹介
 ③今回のコラム ・・・ (試験とは無関係な)補足や関連情報など

以下は前回の投稿です.
こちらも是非お読みいただけますと幸いです.

それではやっていきましょう♬


1. トピックス:製麹

(1) 製麹の目的

蒸米に麹菌を繁殖させる作業のことを製麹(せいぎく)と呼びます.
昔から日本酒の製造は「一麹,二酛,三造り」とも言われ,麹の出来が品質に最も影響するという意味で製麹は最重要工程とされてきました.
糖化酵素を供給することに加え,酵母の栄養源の供給,麹由来の香味成分の生成などを目的として蒸米に麹菌を繁殖させます.
通常,蒸米の総量中,製麹に使用する麹米(こうじまい)の割合は約20~25%となっています.

(2) 製麹の工程

製麹は約2日かけて行われます
麹菌の繁殖には高温・高湿度な環境が望ましく,温度がおよそ32~38℃,湿度がおよそ60~70%に保たれた麹室(こうじむろ)という部屋で作業を行います.
作業は大きく床作業(とこさぎょう)と棚作業(たなさぎょう)に大別され,床作業は主に麹菌を増殖させることを目的に,棚作業は麹菌の増殖とともに麹菌に各種酵素を生成させることを目的に行われ,温度管理が非常に重要となります.

図9-1:製麹の主な工程

①引き込み
蒸米(麹米)を麹室に運び込み,蒸米の温度を均一化するために床(とこ)と呼ばれる台の上で布を掛けておきます.

②種付け・床もみ(とこもみ)
蒸米を崩して床一面に広げ,種麹と呼ばれる麹菌の胞子をまんべんなく振りかけた後,胞子が均一に分散するように混ぜ合わせる作業を指します.
床もみ終了後は再び蒸米を積み上げ,布を掛けて乾燥や水分の蒸発による温度低下を防ぎます.

③切り返し
床もみから数時間~半日経過後,蒸米の表面が乾きだして米粒同士が付着して硬くなるため,塊をほぐす作業を行います.
温度を水分を均一化し,再び蒸米を積み上げて布で包みます.
この時点では温度の上昇はほぼなく麹菌の菌糸も確認できません.

④盛り
切り返しからさらに数時間~半日経過後,蒸米表面に麹菌が繁殖した白い斑点が見られるようになります.
麹菌の繁殖による発熱で温度が上がりすぎることを防ぐために蒸米をもみほぐして一定量ずつ麹蓋や箱と呼ばれる木製の容器などに薄く入れていく作業を行います.

⑤仲仕事(なかしごと)
盛りから数時間後,蒸米の急激な温度上昇を防いで温度を均一化するために混ぜ合わせる作業を行います.

⑥仕舞仕事(しまいしごと)
仲仕事から数時間後,温度上昇を防いで温度を均一化する目的に加え,余分な水分を蒸発させるために蒸米を広げ,溝を作って表面積を大きくする作業を行います.

⑦出麹(でこうじ)
仕舞仕事から8~12時間後,これ以上麹菌が繁殖しないように麹室から出して麹全体の温度を下げます.

(3) 麹の評価

出来上がった麹は麹菌の繁殖度合いで「総破精(そうはぜ)型」と「突き破精(つきはぜ)型」に大別されます.

図9-2:総破精型麹と突き破精型麹における麹菌の繁殖イメージ
(写真引用:灘酒研究会 用語集「破精」

①総破精型麹
菌糸が米の内部に繁殖し,さらに表面も覆っている状態.
糖化力が非常に強く,濃醇な酒質を目指す際など,特に酒母用に用いられる.

②突き破精型麹
菌糸が米の内部に繁殖しているが表面の繁殖はまばらな状態.
総破精型麹よりは糖化力が弱く,軽快な酒質を目指す際に用いられる.

(4) 麹名を冠するもの

製麹の作業では「麹」と名がつくものが多様に存在するため,それぞれの状態や何を指すかを正しく理解しておくことが重要です.

①麹菌 : 微生物そのもの
②種麹 : 麹菌の胞子(粉状や粒状)
③麹米 : 製麹に使用する米
④麹  : 麹菌を繁殖させて完成した麹
⑤米麹 : 米を使用して完成した麹(麦を使用すれば麦麹と呼ぶ)
⑥酒母麹: 酒母に使用する米麹
⑦掛麹 : 醪に使用する米麹

図9-3:製麹において「麹」の名を冠するもの

2. 演習問題

それでは,実際に日本酒検定に出題された過去問を見てさらに理解を深めましょう.

問9-1(準1級)
一般的な製麹において,種麹を蒸米に振りかける作業はどのタイミングで行うか選択肢より一つ選べ.
1:床もみ   2:切り返し   3:仲仕事   4:盛り

問9-2(2級)
製麹の工程において床作業と呼ばれる工程にあてはまらないものを選択肢より一つ選べ.
1:引き込み   2:仲仕事   3:盛り   4:切り返し

問9-3(準1級)
製麹の工程において「仕舞仕事」の目的ではないものを選択肢より一つ選べ.
1:麹全体の温度を均一にすること
2:麹菌がさらに繁殖するのを防ぐこと
3:麹の急激な熱上昇を防ぐこと
4:麹の余分な水分を蒸発させること

過去問解答・解説
問9-1 1:床もみ
種麹をまんべんなく振りかけるとともに,胞子が均一に分散するように混ぜ合わせる作業(床もみ)を行います.
問9-2 2:仲仕事
床作業は引き込み,床もみ・種付け,切り返し,盛りの4段階で,棚仕事は仲仕事,仕舞仕事,出麹の3段階からなります.
問9-3 2:麹菌がさらに繁殖するのを防ぐこと
仕舞仕事の目的は温度上昇を防ぎ,温度を均一化するとともに余分な水分を蒸発させることにあります.
麹菌の繁殖を防ぐ操作は製麹工程の終了を意味し,出麹の目的となります.

3. 今回のコラム

今回は「製麹」について見てきました.
製麹では糖化による発熱を制御し,麹菌の繁殖に望ましい温度に調整することが求められる非常に繊細な作業です.
そこで製麹における熱バランスについて深掘りしてみようと思います.

(1) 製麹における熱バランス

製麹では所望の破精込みや酵素の生成を促すため,各工程における温度の制御が非常に重要です.
製麹中には糖質の酸化による発熱が生じるため,これを踏まえた温度や湿度の制御および麹室の設計が必要になります.

製麹中には麹米1kgに含まれる約2 ~ 3%のグルコースが糖化酵素により酸化的分解し,水と炭酸ガスに分解されます.
この反応は発熱反応であり,熱化学方程式で表すと以下のようになります.

C₆H₁₂O₆ + 6 O₂ = 6 CO₂ + 6 H₂O + 674kcal

この式から,麹米1kgあたり2 ~ 3% = 20 ~ 30gのグルコース(≒0.11 ~ 0.17mol)が分解したとすると,75 ~ 112kcalの発熱が生じることになります.

1kcalの熱量は「1気圧下で1kgの水を1℃上げるために必要な熱量」と定義されます.
話を簡単にするために麹米1kgあたり約100kcalの発熱が生じると考えると,麹米1kgで水1kgを100℃も温度上昇させるだけの発熱が発生するということになります.

こう考えると,かなり大きな発熱が生じていることがわかります.

つまり,放っておけば麹米の温度はどんどん上がり,麹菌の増殖や酵素の活動が阻害されるまで温度が上昇してしまうことになります.
それを防ぐために適切なタイミングで撹拌や放熱を行っていくことが重要となります.

製麹では上記の通り酸素を消費して二酸化炭素が発生するため,麹室が完全に密閉されていると酸素濃度が低下していきます.
労働安全衛生法における酸素欠乏症防止規則に基づき,麹室内の二酸化炭素濃度は0.5%以下にする必要があり,このために麹室内では空調設計が非常に重要です.
また,発生する熱の大部分は水の潜熱によって消費されることから,空気中の水分は増加し,湿度が上昇していきます.
これらを調整するためには室外から外気を引き込む必要がありますが,空調による換気を必要以上に行ってしまうと製麹に必要な温度と湿度の制御が困難になることから,麹室の空調設計や暖房設計が非常に重要となります.

この辺りの設計はまさに私が専攻する化学工学の専門分野なのですが,これ以上は日本酒と関係なくマニアックになりすぎるのでやめておきます 笑

さて,次回は日本酒の製造工程の第3段階である「酒母造り」についてまとめていきたいと思います.
今後の更新も是非チェックしていただければ幸いです.


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