note連続小説『むかしむかしの宇宙人」第18話
「ごめんください。この店の主はおられますか?」
バシャリがずかずかと店に足を踏み入れた。一体、どんな奇人があらわれるかわからない。わたしは警戒しながらあとに続いた。
店の中は、本で埋め尽くされている。どの本棚にも隙間なく本が並び、書物の重みで今にも棚がくずれそうだ。
むせるような紙とインクの匂いが鼻をかすめる。健吉が、くしゅんとくしゃみをした。
店の奥に、丸ぶち眼鏡をかけた男性がいた。一見四十歳を超えていそうだが、肌のつやから判断すると三十半ばぐらいかもしれない。
こちらに気づく素ぶりもなく、本の世界に没頭している。何百年も同じ場所で本を読み続けているような佇まいだ。
「すみません。荒本という苗字の人物はおられますか?」
バシャリの大声に、男性はゆっくりと顔を上げた。
「荒本は私ですが?」と、ずり落ちた眼鏡を中指で押し上げる。
「おお、あなたが荒本ですか。この新聞を見てわざわざこんな辺鄙な場所に赴きましたよ」
バシャリが記事の切りぬきを見せるやいなや、荒本さんの目がぴかっと光った。
「そうですか。入会希望の方ですか?」
「そうです。入会希望ですよ」
バシャリが調子よく相づちをうった。椅子から腰を上げると、荒本さんは丁寧に挨拶をした。
「ようこそいらっしゃいました。私は空とぶ円盤研究会の会長、荒本と申します。
若い方々が空飛ぶ円盤に関心を抱いてくれるのは非常にありがたいことです」
「私は、バシャリです。こちらの女性は私の命の恩人の幸子です。そして、こっちは私の命の恩人の弟にあたる健吉です」
奇妙な自己紹介にも、荒本さんはおだやかな態度をくずさなかった。一体どんな変人が登場するかとびくびくしていたので、安堵するのと同時にちょっぴり拍子ぬけもした。
あれほどおびえていた自分がまぬけに思える。すると、うしろにいた男性も挨拶した。
「星野と言います」
どこかで聞き覚えがある。記憶をさぐったけれど、思い出せなかった。星野さんはバシャリに向きなおると、くだけた口調で訊いた。
「君、バシャリだなんて変わった名前だな。外国人なのかい?」
バシャリは首をふった。
「いいえ、星野。私は宇宙人ですよ。
アナパシタリ星から訪れました」
また、やったわ……自分が宇宙人だと言いふらすなと再三注意しているのに。
わたしは二人の反応をひやひやしながらうかがった。ところが荒本さんと星野さんは、まるで宝石を発見したかのように目を輝かせている。近所の人たちの唖然とした表情とは、まるで正反対だ。
「ほお、宇宙人ですか。以前、ここに金星人を名乗る方が来られましたよ」
まず、荒本さんが切り込んだ。
「金星人ですか?」
バシャリは失笑した。
「金星は生命が生息できる環境ではありません。お気の毒ですがその人物は、変人と呼ばれる種類の方なのでしょう」
二人は、同時にわらい声をあげた。星野さんがバシャリの腹部を指さした。
「宇宙人は腹まきが好きなのかい?」
「おお、腹まきですか」
バシャリは愉快そうに腹をなでた。
「アナパシタリ星人はお腹が弱いのですが、これさえ装着すれば、どんな冷たい品でも摂取することができます。これは地球が誇るべき発明品ですよ」
「じゃあ腹まきを大量に作って、君の星に輸出すれば大儲けができそうだな」
「それは素晴らしい考えです。星野、ぜひおやりなさい」
その意見を、荒本さんが後押しした。
「星空間での輸出入もこれからの時代は盛んにおこなわれますよ」
あっという間に三人は意気投合したようだ。何十年ぶりかに級友に出会ったようなやかましさに、わたしはさきほどの意見を改めた。
荒本さんはもちろん星野さんもやっぱり、変な人なんだわ……第一印象が良かったぶん、余計にがっかりした。
この記事が参加している募集
よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。