立場違えど
昔から、教師が苦手だった。
教師の提示する「正しさ」に自分を合わせることができず、いつも居心地が悪くて、時にひどく抵抗したこともたくさんあったと思う。
でも今思えば、みんなで共有できる正しさを有する教師のことがすごく羨ましく、憧れていたのかもしれない。
時を経て、それは少しだけ幻想であることに気づくことが出てきた。
日本語の使い方、価値判断。
環境や状況、役割や立ち位置が異なれば、それぞれで発生するそれらが必要とする何かが「正しさ」となる。
今の仕事のお役目はその正しさを見極めて、使い分けることが必須。
ひとつの正しさを有する相手に、いかに数多くの正しさを共有するか。
AIで仕事なくなるze系について講話してた某銀行の理事長さん曰く、私がやっているのは「特殊事務」に分類されるらしい。
ゴーオン、Go on
ある常識はある人には非常識、ある非常識はある人には常識。
正しさの多様性、ここにあり。
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