【連載小説】小五郎は逃げない 第47話
武士たちの選択 4/5
最後まで温存しておいた技でも、近藤には歯が立たなかった。手負いの以蔵は、いよいよ追い詰められた。
「面白い攻撃をするのぉ。しかし、わしには効かん。わしらは戦闘をするとき、常に身体のあらゆる部位に神経を張り巡らしている。不意を突いたつもりだろうが、殴られたり、蹴られたくらいではびくっともせん」
近藤が誇らしげに言ったが、以蔵は返す言葉がなかった。
「わしらは、散々斬り合いをしてきた。人間は追いつめられると、何をやってくるか全くわからん。斬り落とされた片腕を振り回してくるやつもおれば、死んだ仲間の死体を盾にするやつもおった。そんなやつらは、もう武士の自覚などない。石を投げつけられたことなど数え切れん。中には死んだふりをして、隙を突いて斬りかかってくるやつもおった。わしらは、あらゆる方向からのあらゆる攻撃に対応できる。きさまの蹴りなど造作でもない」
近藤がさらに続けた。
「これでわしの攻撃が終わったと思ったら、いかんぜよ」
以蔵は強がって見せたが、次の一手が思い浮かばなかった。
今度は近藤の方から踏み込んできた。以蔵は受け止めることを選択せず、自慢の俊敏さを使って避ける。斬られた肩が少し痛んだ。近藤はなおも上段から連続して攻撃を続け、以蔵はひたすら避けた。先程と逆の展開である。上段からの攻撃を何度も受けているうちに、以蔵の回避運動が常態化し、その動きを身体が自然に繰り返そうとする。そこに隙が生まれる。近藤は上段から刀を振り下ろすと見せかけて、刀を水平に振って以蔵の胴を狙った。しかし、以蔵はこの瞬間を待っていた。また、近藤の前から以蔵の姿が消えた。
「また同じ攻撃か」
近藤が全身に力を込めて防御態勢に入った。一瞬だが隙が生まれる。以蔵の攻撃が来ない。
「しまったっ、後ろかぁ」
近藤の足元に沈んだ以蔵は、瞬時に近藤の足元をすり抜けて背後に抜けていた。近藤は前に飛びのいて以蔵の一刀をかろうじてかわした。そして、振り返って以蔵に対峙した。
「味な真似をするのぉ」
近藤が言った。
「勝負あったぜよ。おまんの負けぜよ」
以蔵はそう言うと、刀を鞘に納めた。
「何を言っておるのじゃ」
近藤は言った。
「おまんの背中を見てみるがええぜよ」
以蔵がそう言うと、近藤は片腕で自分の背中を後ろ手に探った。痛みなど全く感じなかったが、袴がざっくりと切り裂かれていた。
「たかが羽織を斬っただけのこと。こんなことで勝ったつもりか」
近藤は以蔵の言っていることの意味が、理解できなかった。
「新選組っちゅう所は、背中に斬られた跡があったら、切腹しやーせんといかん決まりがあるはずやき。おまんはここで切腹せんといかんぜよ」
以蔵は新選組の御法度のことを知っていた。
「馬鹿な、新選組の御法度は、敵に背中を見せた場合の話だ。戦闘中に起きた場合は含まれん。ここにいる隊士たちも、それを見ていた」
以蔵にとっては、近藤にダメージを与えられるラストチャンスだったかもしれない。近藤は以蔵が命欲しさに、戦闘を回避するための口実をでっちあげていると思った。
「やかましいぜよ!」
以蔵が一喝した。
「おまんは、さっき言うとったがぜよ。まっことの斬り合いになったら、どっから、どんな斬り方をされるかわからんちゅうて。おまんとこの隊士も、戦闘中に後ろから斬りかかられて背中斬られたやつもおったやろうきに。そんなやつを問答無用で切腹させてきたんと違うがや。おまんも例外ではないはずぜよ。早よう、ここで切腹するぜよ」
さすがの近藤も、以蔵の言うことに閉口した。
「ほー、面白いことを言いよる。確かにそうじゃ。わしらは問答無用で切腹させてきた。おまえの言う通りじゃ」
近藤はなぜか素直に認めた。
「おまんの負けぜよ。あの二人は逃がしてもらうきに」
「よかろう。しかし、おまえは引っ捕らえる。こいつを縄で縛り上げろ」
二人の隊士が、縄で縛って以蔵の両腕を拘束した。
桂はだれにも気付かれないように、鯉口を切った。ここで、自分たちのために命を懸けてくれた友を、見捨てることなどできるはずがない。桂が飛びかかろうとしたそのとき、桂は肩を強く後ろに引っ張られた。
「やめておけ。犬死するだけだ。あいつに恥をかかすな。おまえ、それでも武士か」
土方だった。
「そいつの言う通りぜよ、小五郎。おまんは生きろ。さらの日本を作るがぜよ。皆がうまいもん食える世の中にしとおせ。約束したぜよ」
以蔵がそう言うと、隊士たちに乱暴に連行されていった。
「桂、一日だけ待ってやる。一日経てばきさまの捜索を再開する」
土方は桂にそう言うと、桂と幾松に背を向けた。
「岡田以蔵とか言ったな。おまえ、人斬りのくせになぜ峰打ちだけで、だれも殺さなかった」
連行される以蔵に向かって近藤が聞いた。
「もう殺しはやめたんぜよ」
以蔵が答えた。
「以蔵ぉぉぉぉぉー」
桂の悲痛な声が、六条河原に虚しく響いた。
「やっと、以蔵って呼びよったきに」
以蔵はにやりと笑って独り言ちた。
<続く……>
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