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【連載小説】小五郎は逃げない 第27話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 新選組の追手から逃れようと濁流の鴨川に飛び込み、桂は行方不明となっていた。非道にも新選組はその生存を確信するためだけに桂の恋人・幾松の処刑を画策する。

 逃げることを知らない桂が、新選組の池田屋襲撃時に一人逃げた真相が明かされる。かつて剣術の試合で火花を散らした坂本龍馬は、桂と幼馴染の岡田以蔵の幾松奪還作戦に協力することを誓う。

幾松処刑まで残された時間はない。桂と以蔵は龍馬の協力を得て幾松奪還作戦を決行することができるのか。

愛する人たちのために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

木刀の束 2/4

「確認するが、おまえが昨日来た時には、このにぎり飯はなかったのだな」
「はい、確かにありませんでした」
「ってことは、昨日はここにいたってことだ。しかも、朝までだ。昨日までのにぎり飯が残っていない。総司がここに来た時と、運よくすれ違ったんだな」
「しかし、一体どんなやつがいたってことなんですかね。普通、重要な人物だったら、こんな橋の下ではなくて、もっとましな場所に匿うでしょ」
「さあなぁ、よほどの厄介者みたいだな。しかも、殺すに殺せない訳があるのだろう。今の京には、そんな訳有りのやつがうようよいるからな。どいつもこいつも、家でじっとしてりゃいいものを、攘夷か何だが知らんが、そこら中で暴れ回りやがって・・・。面倒臭せぇ」
「まぁ、そのお陰で、私たちが飯を食えているようなもんですよ、歳さん」
「うるせぇ、聞いたような口を叩くな」
 
 土方と沖田が話しているところに、隊士の一人が橋の下に戻ってきた。手にはぼろ布切れのようなものを持っている。近くの河原に捨てられていたとのことだった。土方と沖田は、そのぼろ布を広げてみると、武士が着る羽織と袴のように見えた。すると、別の隊士が木刀を見つけて、土方と沖田に報告に戻ってきた。二本の木刀が橋の下に隠すように置いてあったと言う。土方はそれを聞いて、山崎と数名の隊士を周辺の聞き込みに行かせた。
「この羽織袴は、かなり上級の武士が着るものだ。それにかなり痛んでいる」
 土方が言った。
「木刀が二本あるってことは、ここで二人以上の男が、剣術の稽古でもやってたんですかねえ」
 沖田が言った。
「これを見ろ」
 土方が羽織に真一文字に切られた跡を沖田に見せた。
「これは・・・。確か斎藤が桂を追いつめた時に、腹の辺りに一刀を入れたが、すんでのところでかわされたと言ってました」
 沖田が目を丸くしながら言った。
「この着物にある傷は、ほとんどが何かに引っかかって付けられたようだが、この傷だけは刃物で切られたような跡だ。しかも、ちょうど腹の辺り・・・」
 土方が話し終わらないうちに山崎が戻ってきた。
 
「土方副長、この辺を寝ぐらにしている乞食に聞いたのですが、二、三日前の夜に大柄の男と小柄な男が、夜中に木刀で剣術をやっていたそうです」
 山崎が徐に報告を始めた。
「それで・・・」
 沖田が身を乗り出すように聞いた。
「暗がりで、そいつらの顔まではよく見えなかったらしいのですが、二人とも相当な腕前だったそうです」
 山崎はさらに聞き込みした内容を、土方と沖田に報告した。
「総司、桂は生きている。あの日、濁流の中から、ここで這い出てきたんだ。もしくはここで救出された。おれたちは捜索の手を京の町中に広げたが、灯台下暗しってこのことだ。桂はこんな近い所に、潜伏していやがったんだ。しかも、どんな経緯かはわからないが、かなり腕の立つやつに護衛されて、三食昼寝付きでだ。全く何てこった」
 土方は吐き捨てるように沖田に言った。
桂が生きていることを近藤に報告するため、土方と山崎は壬生の屯所へ戻ることにした。沖田と一番隊は、桂が再び戻ってきたところを取り押さえるべく、建物の陰に隠れて四条大橋を見張った。その様子の一部始終を、少し離れた路地から、以蔵は乞食の振りをして見ていた。
 
「近藤さん、桂は生きているぞ」
 土方は屯所に戻るなり、近藤の部屋のふすまをこじ開けるや否や大声で言った。
「そうか」
 近藤は驚く様子もなく、平然と答えた。
「何だぁ、反応が薄いな、近藤さん」
 土方は少し当てが外れたように言った。
「あれだけの歴戦を掻い潜ってきた男だ。そう簡単には、くたばらんと思っておったよ。これで桂を生け捕りにすることできる。新選組としては、願ったり叶ったりではないか」
 近藤は満足げに言った。
 二人はそれから二日後に行われる幾松の処刑について、計画を再考することにした。当初は、桂が生きている確証もなく、ただ単に情報を流しただけだったのだが、桂の生存がわかったのであれば、さらに計画を綿密にする必要がある。この作戦を成就させるためには、どのような手を使ってでも、桂をおびき出す必要がある。桂に幾松処刑の情報が伝わっていなければ、全く意味がないし、幾松を見捨てて逃走する可能性も考えられる。どうやって桂を誘い出すか、そのための作戦が必要だった。
 
「とにかく屯所から、三条河原まで女を引きずり回せ。それと池田屋の一件の後、長州藩士の何人かを牢にぶち込んでいるな。そいつらも一緒に処刑すると触れ回れ。やつらからは、まだ聞き出すことが多々ある。実際に処刑するのは、あの女だけでいい。あの女は桂を捕まえれば何の役にも立たん」
 近藤から冷酷な指示が出された。
「わかった。すぐに手配をしよう」
 土方は顔色一つ変えずそう言った。その日のうちに、会津藩にも援助してもらい、新たな立て札が、あちらこちらに立てられた。しかも、最初に立てられた立て札の数の三倍は下らない。明後日の処刑は、幾松だけでなく、新選組に捉えられている長州藩士三名が追加されるとの内容だった。
「女一人を処刑するのに、こんなに宣伝するものなのかね。しかも、長州のお侍さんも一緒に首をはねるって、この女は一体何をしでかしたのかねぇ」
 京の町民たちは、立て札の内容を読んで口々に言った。
 
 寺田屋に戻った以蔵は、京の町中で見聞きしたことを桂に報告をした。
「橋の下にはもう戻れんぜよ。新選組が張っちょるきに。取りあえず、武市先生の使いのもんが夕方ににぎり飯を持ってきゆう時間まで待っちょたが、だれも来やせんかったきに、にぎり飯の差し入れは、もう二度と来んと思うぜよ。もし、のこのこやって来て、のんきににぎり飯を橋の上から垂らしちょったら、新選組のやつらに取っ捕まって、拷問にでも合うたら、簡単にわしのことをしゃべってしまうきに。そやけんど、何でわしらがあそこに隠れちょるって、ばれたがかえのぉ。新選組の中に、えらく頭の切れるやつがおるってことぜよ。おまさんは明日まではここに居候しとかんといかんぜよ」
 以蔵はまるで他人事のように淡々と桂に説明した。
「そうであったか。新選組もなかなか動きが速い。私たちがここに移動していなければ、新選組に取り囲まれていたかもしれん。危ないところだった。ところで、ここに厄介になるとして、トラはどうするのだ」
 今では弟分となったトラのことを、桂は心配して言った。
「何を言うちゅうがかぇ、こがな時にトラの心配なんかいらんぜよ。それと、そうそう、またえらいことになったぜよ。長州藩士が三人ほどおまさんのおなごと一緒に首を斬られるっちゅうて、そこら中に立て札が立てられちょったがぜよ」
 以蔵は世間話でするような雰囲気で言った。
「何だとぉ、それは本当か!」
 桂は急に真顔になって、以蔵に怒りをぶつけるように言った。

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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鈴々堂/rinrin_dou@昭真
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