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【連載小説】小五郎は逃げない 第45話

【15秒でストーリー解説】

逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 新選組に拉致された恋人・幾松の奪還に成功し、桂小五郎と岡田以蔵は愛犬・寅之助とともに新選組との前代未聞に戦いに挑む。

 幾松と再会した桂であったが、なんとそこには、土方の手引きにより集結した新選組の精鋭部隊が待ち構えていた。三人は完全に取り囲まれ、寅之助は土方の一刀により絶命する。そして三人は絶体絶命の危機に陥る。

愛する人を守るために・・・、桂小五郎は京の町を駆ける。

武士たちの選択 2/5

 桂は以蔵に構うことなく、土方に襲い掛かった。凄まじい気迫と共に、上段から刀を振り降ろした。まともに受け止めた土方は、危うく後ろに飛ばされそうになったが、何とか堪えて鍔迫り合いに持ち込んだ。それを桂は突き放すと、次から次へと土方に真剣を打ち込んだ。桂の強靭な身体から繰り出される一刀一刀が重く、それに体力が底知れないために、攻撃が尽きることがない。桂の攻撃を受け止めているうちに、土方は腕が痺れ始めた。以蔵は他の隊士たちに刀を向けて、桂の戦闘が邪魔されないように威嚇している。桂の攻撃を耐えながら、好機を待ち続けた土方は、桂の中断から胴斬りが怒りのあまりに大降りになり、ほんの一瞬の隙を見逃さなかった。
 
 土方は地面に這いつくばるようにして桂の一刀をかわし、桂が刀を降り終わったタイミングで相手の脇腹にめがけて強烈な突きを放った。桂は冷静さを欠いて大降りになってしまっていたうえに、予想もしない攻撃であったため、即座に防御態勢を取ることができなかった。しかし、紙一重でこの攻撃をかわし、深手を負わずに済んだが、脇腹を少し斬られた。それに体勢が大きく崩されて、土方の逆襲を受けることになった。土方の方は大振りをしてこない。小さな突きで手首を狙ってきたかと思うと、胴を打つと見せかけて足を狙ってくる。桂が今まで遭遇したことのないような攻撃だった。一刀で仕留める攻撃ではない、明らかに桂の動きを封じるために、手足を狙ってきている。避けることは造作でもないが、怒りの治まらない桂は、いらいらが募ってきた。
 
「何なのだ。真っ向から戦う気がないのか。これが新選組の首領の戦い方か。ならば打って出る」
 桂は怒りといらいらをぶつけるように、前へ飛び出そうとした。
「小五郎!」
 以蔵の耳をつんざくような大声が、六条河原に響き渡った。あまりの声の大きさに、桂も土方も一瞬動きが止まった。
「敵の術中にはまってるきに。それが暗殺剣ぜよ。冷静になるぜよ。冷静に・・・」
 以蔵の言葉に、桂は我に返った。土方の背後に倒れた寅之助の姿が見えた。もう息をしていない。ほんの数日だけだったが、共に戯れ、共に眠り、共に戦ったことが脳裏をよぎる。それでも、涙を堪えて、静かに剣を構え直した。目を閉じて、一つ大きく深呼吸をすると、正眼の構えのまま土方との間合いを少しずつ詰めていった。もう相手に付け込まれるような隙を作らない。逆に相手の不安心理を煽った。土方は攻撃しようにも打ち込む隙が無いのに、距離だけが縮められていく。焦りの念が、土方の心を少しずつ支配し始めた。見かねた新選組隊士の数人が、土方の援護をすべく、桂に飛びかかろうとした。
 
「おまえらぁ、手を出すな!」
 土方がそう叫ぶと、隊士たちは立ち止まって固まってしまった。土方は久しく味わったことのない、死線の向こうにあるじりじりとした緊迫感を、だれにも邪魔されたくなかった。一瞬の隙に、一瞬で斬り殺されるかわからない、命懸けのスリルに土方は喜びすら覚えた。
 土方が再び仕掛けた。今度は桂に真正面から斬り込んだのだ。焦りから冷静さを欠いたのではない。武士として、名立たる剣豪に真っ向勝負を挑んでみたいという欲望に駆られた。
「歳のやつ、わしに一対一の勝負などやめろと言っておいて、何を必死になっておる。まあ、あいつらしいがな」
 近藤が独り言ちた。
 
 桂はその一刀を簡単に跳ね除けて、反撃に出る。土方は桂の上段からの一刀を受け止めると、渾身の力を込めて押し返した。何と桂が押し戻された。相手の予想外の力に驚かされたが、すぐに体勢を立て直して土方の追撃を阻む。今度は桂が土方を押し返した。後方に飛ばされた土方を、桂が追撃する。土方は、後方に下がりながら胴を狙って突きを繰り出し、上段からの桂の一刀は防御に費やされてしまった。刀を弾かれた土方は、次の一刀を桂の胴に叩き込むべく、身体を一回転させて胴斬りに備えた。桂は刀を垂直に構えて対応する。両者の刀が交わって火花が散る。桂が土方の刀を弾き返して、そのまま上段から振り下ろす。土方は足が地面にめり込みそうな衝撃に耐えながら、頭上に構えた自分の刀で受け返す。また火花が散る。力と力のぶつかり合いを、周りで見ていた新選組隊士たちは、唖然とした表情で見ていた。次第に両者は肩で息をし始めたが、激しい攻防は、止む気配がない。真っ向勝負の桂に、土方も正面から受けて立った。
「うおぉぉぉぉぉぉー」
 地をも震わす雄叫びと共に、桂は渾身の一撃を上段から打ち込んだ。土方は逃げない。まともに斬撃を受け止めたが、土方の刀がへし折られた。
 
 土方が持つ名刀・和泉守兼定は、そう簡単に折れるものではない。これには伏線がある。桂は土方が繰り出し続けた卑劣な攻撃を受け、冷静さを失いながらも、攻撃される度に土方の刀の同じ箇所を寸分の狂いもなく狙って弾き返していたのだった。土方はそのことに気付かなかった。最後の渾身の力を込めた一刀は、土方の刀の脆くなった部位を直撃した。
 そして、桂の容赦ない突きが、無防備な土方の眉間を襲った。防御する術を失った土方は死を覚悟した。しかし、その切先は土方の眉間の数ミリメートル手前で止まっていた。
「斬れ」
 土方が乾いた声で言った。
「もっと剣の腕を磨け。その程度の腕で私に勝てると思っていたのか」
 隊士たちの目の前で、土方は敗れた。土方にとっては、死よりも重い屈辱であった。
 
「もうよかろう、桂よ。人が斬れんような腰抜けが、ここを突破して逃げられるわけがない。歳に勝ったつもりだろうが、おまえの運命は何も変わらん。刀を捨てろ」
 近藤は土方の敗北に構うことなく、桂に降参するように促した。
 
「ちっくと待ちやー。おまん、近藤とか言うたな。一つ取引をしやーせんかえ」
 以蔵が近藤に交渉を持ちかけた。
「どこのどいつか知らんが、わしらに交渉できる立場にいると思っているのか」
 近藤は取り合うつもりなど全くない様子だった。
「京の町中でうわさされちゅう人斬りってやつがいるのは、おまんもよう知っちゅうがえのう。あれはわしぜよ。人斬りっちゅうのは、このわしのことぜよ」
 何と以蔵は、自分から人斬りであること告白した。
「ほー、討幕派に飼われている犬が、討幕派の首領を助けに来たってわけか」
しかし、近藤は顔色一つ変えなかった。
 
「犬やと、言うてくれるがやき。言うておくが小五郎はだれ一人殺してはおらんぜよ。けんど、わしはおまんらが大事に守っちゅう幕府の要人を、何十人も斬ってきたぜよ。そうそう、おまんらが池田屋を襲撃した後、ありゃ会津藩の藩士かいのぉ、三人ほど斬り殺したのはわしぜよ。わしは会津藩士に一人から奪った刀を使って、三人斬った後にその場に投げ捨てたぜよ。小五郎が池田屋から逃げゆう時、まだ刀を持っちょったきに、相手の刀なんか奪う必要なんてなかったぜよ。そやき小五郎は下手人じゃーないぜよ。ほがなこと、おまんらもわかってたことぜよ。まぁー、おもんらが重罪人っちゅうのは、このわしの方ぜよ」
 以蔵はあえて、近藤の感情を逆なでするようなことを言った。 

<続く……>

<前回のお話はこちら>

こちらを読んでいただくと途中からでも楽しめます!

強くてかわいい!以蔵の愛犬、寅之助の魅力はここにあり

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鈴々堂/rinrin_dou@昭真
小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。

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