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【連載小説】小五郎は逃げない 第36話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 新選組に拉致された恋人・幾松の奪還に成功し、桂小五郎と岡田以蔵は愛犬・寅之助とともに新選組との前代未聞に戦いに挑む。

 桂と以蔵の作戦は京の町を縦横無尽に駆け抜け、新選組の体力を奪ったところで少しずつ戦闘不能に追い込むことだった。剣豪と暗殺者のタッグが、新選組隊士を次々となぎ倒していく。

愛する人を守るために・・・、桂小五郎は京の町を駆ける。

奪還 4/6

 以蔵の方はとにかく速い。最初に対峙した隊士の正面から接近戦に持ち込むと見せかけ、以蔵のスピードについていけないその隊士は、刀で以蔵の一刀を受け止めようとしたところで、以蔵は相手の刀を弾き飛ばすと同時に背後に回り込み、低い姿勢のまま真一文字に相手のふくらはぎのじん帯を切断した。これも一瞬の勝負だった。呆気にとられた二人の隊士は、一人は右後方から、もう一人は左後方から、同時に以蔵に切りかかった。以蔵は苦痛に顔をゆがめて倒れている隊士の髷を掴んで無理やり引き起こし、右後方から迫って来る隊士に向かって蹴り飛ばした。二人の隊士は折り重なるようにして、地面に転倒した。
 
「きさま、卑怯ではないか!」
 左後方から接近する隊士は、そう叫びながら上段から斬りかかった。力任せに振り下ろした一刀を、以蔵は木刀で受け止めたがへし折られてしまい、そのまま後方に飛びのいた。隊士は丸腰になった以蔵に、なおも追撃を繰り出した。
「勝負あった」
 その隊士の一刀は、正確に以蔵の身体を捕えているが、以蔵によける様子がない。隊士は躊躇することなく刀を振り下ろした。しかし、以蔵はそれを後ろ手に隠し持っていた日本刀でいなした。一人目の隊士から奪い取り、自分の身体の陰に相手に見られないように片手で隠し持っていたのである。その隊士は油断していた。いなされて不覚にも以蔵に背中を見せてしまい、瞬く間に両アキレス腱を切断されてしまった。転倒していた隊士が起き上がった瞬間に、後方から飛び蹴りを食らわせると、同じようにアキレス腱を切断した。
 
「おまんらに、卑怯もん呼ばわりされるいわれはないぜよ」
 以蔵はそう捨て台詞を吐くと、手にしていた日本刀を放り投げた。
「以蔵殿、少しやり過ぎではないのか。あれでは一生歩けなくなるぞ」
 桂はぼろぼろになった木刀を投げ捨てて、以蔵に不満げに言った。
「仕方がないやき。恰好は武士らしくしても、わしの戦い方まで古来の武士みたいに変わる訳がないぜよ。暗殺剣には暗殺剣ぜよ。って言うか、早くも後ろのやつらがこっちに向かってきちゅーが。急げ、小五郎」
 桂が走り出そうとした時、背中越しに以蔵の声がした。
「小五郎、忘れもんやき。あいつらは木刀を狙ってきゆう。一本でも多く持っちょいた方がええぜよ」
 そう言って以蔵は、長屋の軒下に隠しておいた木刀を取り出そうとしたが、木刀がない。
 
「こらぁ、ここに置いちょった木刀を、勝手に持って行ったなぁ!」
 以蔵は長屋の戸を開くなり大声で怒鳴った。中から老人が木刀を抱えて、恐る恐る出てきた。以蔵はそれを鷲掴みにすると、桂に向かって放り投げた。
「京のやつらは、まっこと油断も隙もあったもんやないきに」
 以蔵が憮然とした顔で言った。
「それは少し違うのではないか・・・」
 桂には以蔵の言い分が理解できない。
 
 二人は走り出した。寅之助がその後を続く。河原町通に出ると桂は右折して南へ、以蔵と寅之助は左折して物陰に隠れた。新選組隊士たちが桂を追って通り過ぎるのを待ち、再び姿を現すと、次の戦闘に備えて移動を開始した。桂が敵を引き連れて、今度は六角通の一つ南にある蛸屋敷通を走って戻って来る。以蔵と寅之助は、そこで待ち受けることになる。
 
 桂は河原町通を北上して、三条通を左折した時に、通りの真ん中に立ちはだかる一人の隊士を見つけた。新選組の隊服を着ているが、刀を杖代わりにしてふらついている。しかも、顔は真っ青だった。沖田総司である。抜刀したが、まともに立っていられない。それでも桂の前に立ち塞がった。
「桂、きさまを引っ捕らえる」
 沖田はそう言い終わると、激しい咳と共に血を吐いて蹲った。
 
「労咳か、その体で戦うことは無理だ。行かせてもらうぞ」
 桂が沖田の横を通り抜けようとした時、沖田は桂の足を狙って一刀を繰り出したが、簡単に避けられてしまった。
「無益な戦いはよせ。なぜ、私たちが殺し合わなければならない。私は日本を正しい道へと導きたいだけなのだ。今の幕府では、諸外国に侵略されて日本が日本でなくなるのだ。頼む、邪魔をしないでくれ」
 桂は真摯に沖田の目を見ながら言った。
 
「日本を正しく導くだと。おまえら、京を火の海にしようとしたではないか。それが正しい道か。笑わせるな」
 沖田は攘夷派浪士による池田屋での会合のことを言った。
「戦いが戦いを呼んだのだ。やられればやり返す。このままでは、こんなことが永遠に続くぞ。あのような馬鹿な真似は、私が二度とさせない。どうか、私に新しい日本を作らせてくれ」
 桂は地に伏せた沖田の前に片膝をついて言った。
「私の命はそう長くはない。私は私の使命を全うするのみ」
 沖田はそれでも立ち上がろうとした。しかし、いつのまにか桂に両肩を掴まれて制止されていた。
「命を無駄にするな。生きろ」
 桂はそう言うと、再び走り出した。
 
 桂は快調に飛ばしていた。日本刀を持っていないことが有利になっていたが、やはり桂の持久力が並外れていた。再び三条通を中程まで西走している時にふと振り返って見ると、新選組隊士の隊列は大いにばらけてしまって、最後尾の隊士はるか遠くに見える。桂の足があまりに早すぎたのである。これでは隊士全員の足を奪って追跡できないようにすると言う作戦が台無しになる。ここで一人残らず叩いておかねば、しばらくして体力が戻ると、また桂たちを地獄の果てまで追ってくるに違いない。しかし、持久力のある十人余りの隊士たちは、息が上がっているものの、まだ桂のすぐ後方を追走してきている。
 
「以蔵殿を待たずして、ここで数人倒しておくか」
 桂はそう考えて、足を止めようとしたが思い止まった。遠くで犬の鳴き声がしたからだった。京の市街地とは言え野良犬などいくらでもいるが、それが寅之助の鳴き声だと瞬時にわかった。
「トラか。トラは以蔵殿と共に次の戦闘場所で待機しているはずではなかったのか」
 桂は走りながら耳を澄ませた。寅之助の鳴き声に間違いない。しかも、鳴き声はどんどん大きくなってくる。そして、もう一度振り返って見ると、遅れていた隊士たちがいつの間にか距離を詰めてきていた。その後方を寅之助が追走している。寅之助が遅れ出した隊士の後ろから威嚇して、距離を詰めさせたのである。まるで隊士たちは、牧羊犬に追い立てられる羊のようだった。
「トラ、ありがたい」

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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