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あるとき月が目にした話によると

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短篇小説「あるとき月が目にした話によると」をまとめたマガジンです🌙
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短篇小説「あるとき月が目にした話によると」第一夜

短篇小説「あるとき月が目にした話によると」第一夜

 毎晩、月はわたしの部屋を訪ねては、一遍一遍、お話を聞かせてくれました。それはたいへん有意義な時間でありましたから、わたしの心の中に留めておくだけではもったいないと思い、こうして筆を取った次第であります。どこまでが本当の話で、どこからが月の理想の話かはわかりませんが、それでも彼のお話を聞いていると、どこか見知らぬ地で暮らしているであろう人々と、深く交流を図れたようなそんな心持ちになったものです。

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短編小説「あるとき月が目にした話によると」第二夜

短編小説「あるとき月が目にした話によると」第二夜

第一夜↓

第二夜

 突然の雷雨に耐えきれず、窓がガタガタと音を立てはじめました。道という道には大きな川ができ、人々が大急ぎで戸や窓を降ろした頃、月は呑気にわたしの部屋へやってきました。てっきり今晩は来ないだろうと思っていたのですが、どういうわけか、ひょっこり雲間から顔を覗かせたのです。不思議なこともあるものですね。それからすぐに彼は話をしてくれました。

「こんな日にまでここへ来たのにはちゃん

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短篇小説「あるとき月が目にした話によると」第三夜

短篇小説「あるとき月が目にした話によると」第三夜

第二夜

第三夜

「あなたは本物のお金持ちを見たことがありますか」
月はわたしの部屋にやってくるなり、そう尋ねてきました。
 本物の、という形容があると途端にむずかしくなる質問です。単なるお金持ちでは、街を歩いていればそれなりに見かけるものですからね。心が綺麗であれば本物になれるのか、それとも何かを奪うだけの根性があれば本物になれるのか。ですからわたしはこう答えるしかありませんでした。
「”お金

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短編小説「あるとき月が目にした話によると」第四夜

短編小説「あるとき月が目にした話によると」第四夜

第三夜↓

第四夜

 この日あらわれた月は、いつにも増して繊細に光を放っているようでした。そしていつもより慎重にわたしの部屋へ入ってきました。よく目を凝らして見ると、この晩の彼は、そこかしこに星々をともに連れてやってきたのです。
「どうしてもあなたを一目見てみたいというものですから」月はそう言って、自らの席を星々に譲りました。彼がすっかり雲に隠れてしまうと、そこには星々の小さな光だけが残りました

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短編小説「あるとき月が目にした話によると」第五夜

短編小説「あるとき月が目にした話によると」第五夜

第四夜

第五夜

「あなたは、それぞれマネーとタイムと名乗る者が現れたら、どちらと友人になりたいですか」
 月というものは、いつだって難題を運んでくるものです。
「どちらも、という答えはよくないですよ。この手の問いには、どちらか一方だけを答えるのが鉄則です」
諭されることを知りながら、あえてわたしはこう尋ねました。
「月よ、あなたはどちらを選ぶのですか」瞬きをせずに見つめていると、月も同じくぴた

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短編小説「あるとき月が目にした話によると」第六夜

短編小説「あるとき月が目にした話によると」第六夜

第五夜↓

第六夜

「その少年には名前がないのです」
これまた興味深い、とわたしが窓を開けますと、月が続きを話してくれました。

「背丈の足りない彼は、足をぶらぶらと揺らしながら、腐りかけたベンチに腰掛けていました。そうして道行く人を眺めていますと、親切そうなおじ様やおば様が、声をかけてゆくのです。『ぼうや、一人でどうしたのかね?』
『こんなところで一人でいては、危ないよ』
『ところでぼうや、名

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短編小説「あるとき月が目にした話によると」第七夜

短編小説「あるとき月が目にした話によると」第七夜

第六夜↓

第七夜

 その晩、わたしは夢をみていました。夢をみるということは、睡眠が浅いということらしいですが仮にそうだとしてもわたしは、眠りながら知りもしない土地で見知らぬ人や生き物とともに過ごすあの時間が、実はとても好きだったりします。
 近頃は身の毛もよだつような恐ろしい夢というのはほとんど見なくなりました。それはとても落ち着いていて、緩やかで、穏やかな時間であります。目を覚ませばあっとい

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