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「have toはがし」をしたら脳内ひろゆきが大量発生した話
約半年前の私のnote記事にも書いた「思い込み」とか「have to」について、具体的に何をしていたのかの備忘録。
かつての私と同じように自分のこだわりに首を絞められている人に、ちょっとでも参考になったらいいな、と思う。
そもそもhave toとは
「しなければならない」と勝手に思い込んで、全く柔軟ではない状態のこと。よく言えば「信念」。
例
・実績や経験がないとライターの仕事を受けてはいけない
・文系学部は研究職に就いてはいけない など
これがあることで、自分のやりたいことやそれに対して最初の一歩を踏み出す妨げにもなる。
それに私の場合、自己肯定ができない理由の一つにこのhave toがあると、コーチに言われて初めて認識した。
要は「しなければならないことをできない自分=うんこ」みたいな考え方が根底にあって、いつまで経っても自分のことを好きになれずにいた。
これは、本格的に剥がした方が良さそうだ。
半年前の私のhave to、ざっと以下の感じである。
・好きなものに対しては、詳しくなければならない
・自分の意見を持って、自分で決めねばならない
・自分の発言したことは責任を持ってやり切らなければならない
・常に前向きに「どうしたらいいのか」を考えなければならない
・他責にしてはならない
中には「え?これ剥がしちゃまずくない?」って最初感じていたものもあったけど、今思えばhave toを抱えた私は「それ以外の意見はシャットダウンしている」状態に近かった。
つまり視野がせませまなのである。
どうやって剥がしていったのか
①have toの根拠と、よかったこと・よくなかったことを洗い出す
自分のhave toに対して、何がそう思わせているのかを記載していく。
私の場合、こんな感じ。
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have toを持つ→できない自分がいる→手放し始める、が私の常套手段ってことがよく分かる。
この時点で、良くないことの方が多いことに気付きはするんだけど、
でもほとんどがずっと言われ続けてきた、求められている考え方だとも思うし、
これ、剥がれるのか・・・?
と若干不安にもなりつつ、とりあえずやってみた。
②have toに対しての「反対意見」「根拠」「よくなりそうなこと」を記載していく
次のステップは、「ソシオメトリー」のアプローチをかけること。
ソシオメトリーとは
精神分析家であるヤコブ・モレノが創始した、分析技法のひとつ。
集団の成員間に起こる反発と親和感情の交流、および、無関心の状況などを明らかにする。「選択(親和)」と「排他(反感)」を軸に回答させる、ソシオメトリック・テストが代表的である。
ソシオメトリーには色んな手法、それこそ行動観察・質問紙調査・面接・ロールプレイングなど多岐にわたるらしいのだけど、今回はシンプルに「反対意見を書き起こす」ことを教わった。
でもこれが本当に難しかった。
だってこちとら十数年間、もっと言うと気付いた時にはもうこの考えが定着していて、他の意見なんて考えられない状態なんだもの。
でもここでコーチからのアドバイス。
「ひろゆきとディベートしてる感じで出すといいよ」
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待ってコーチ、ひろゆきとお話できるほどの話術もロジカルさも持ち合わせてないって私。怖いよ。
だってめっちゃ脳内でひろゆきが突っ込んでくるんだもの。
「それはあなたの勝手な思い込みですよね?」
いやー!やめてー!なんも言わないでー!
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正直、これを書くにはものすごい体力を使った。
だってこれまで自分の「信念の反対意見」なんて考えたことないんだから。
書きながら、この反対意見にちっとも納得も賛同もしていない自分がいる。違和感ありまくり。
そこからこのシートをもとに、実際にディベートをしてみる。
コーチが私が書いた信念の持ち主役で、私がひろゆき役(笑)
やっぱり違和感しかない。
それに私のひろゆきはバカにも寛容だ。きちんと反論になっているのかさえいささか疑問である。
でもこのディベート自体は、自分の意見を多角的に捉えるためのものだから、正直この段階では納得する必要はないらしい。
その後も、ふとした時にシートを見返して、そしてその信念を脳内ひろゆきにことごとく論破されていく様を想像していくようにしていった。
あら不思議、脳内ひろゆき炸裂
しばらくそれを続けていたら、面白いことに、脳内でひろゆきが勝手に喋ってくれるようになった。
私「習慣化しないと続かないしダメだよなあ」
ひろゆき「あの、確かに習慣化は大事だと思うんですけど、あなたそのやり方でこれまでに続いたことないですよね?だったら他の手法にもっと目を向けてもいいと思うんですけど」
私「人から言われたことだけをやるなんて、ダメだよなあ」
ひろゆき「いやいや、そもそも言われたことすらできない人に誰も仕事なんか振りませんから、まずはその人の意図を正確にキャッチして最低限言われたことだけをきっちりお返ししましょ」
こんな感じで、私が何かに囚われようとすると、ことあるごとにひろゆきが語りかけてくるようになってきたのである。
正直、自分の妄想力と、出てくるひろゆきのリアリティに感服。
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そういうことかもしれない
そしてある日、シートに書いてある信念(have to)をまた見返していたら、私の脳内ひろゆきが言うのだ。
「っていうかこれ、全部人から言われたことだけでそう思ってません?」
な・・・なんだと・・・!?
そうなのだ。思い返せばそうなのだ。
例えば「好きなものは詳しくあれ」っていうのも、
上司に「相撲好きなんです」って話をしたら、すかさずその人が力士の名前を列挙してきて、私がそれに対して「?」って顔をした途端に「森逸崎、その程度で相撲好きを名乗っちゃダメだろ」って言ってきたこときっかけでそう思ってたり。
「自分の意見を持て」も「他責にするな」も全部全部、友人や周りの人から言われて勝手に思っているだけで、
私が自分発信でそう思っていることなんて何ひとつなかった。
ってことは私、宗教に近い感覚で、自分の頭で何ひとつ考えもせずに、信念を掲げていただけなのでは?
恐怖!!!!!!!!!!
(宗教をディスっている訳ではない)
なんだかアホらしい気づきだったけど、そこからは、持っていたいと思う信念はそのままに、その捉え方がだんだんと変わるようになってきた。
そう、私、29にしてようやっとhave toが剥がれてきた。
今更な気づき
have toが剥がれたことで、自分の視野が広がった・やりたいことへの妨げがなくなった以外にも、良かったことがある。
①以前よりも自分の頭で考える癖ができた
②自分のやることに確信が持てるようになってきた
③自己肯定できるようになってきた
①以前よりも自分の頭で考える癖ができた
私はそれまで考えることをすっ飛ばして「人に言われたことはまずやってみる」を地で行っていたので、とっても人の意見に流されやすかった。でも今は脳内ひろゆきがやたら根拠を欲するので、自分のやろうとしていることに対しては、前よりは筋の通った自分が思う最適解を出せるようになった。
②自分のやることに確信が持てるようになってきた
根拠に基づいた最適解が分かることで生まれたのが「確信」だった。
前までは「できる気しかしない」とかいう自信満々な人の感覚が意味不明だったけど、その中身はきっと、「自分がありたい姿になるために何をすればいいのか明確にわかっている状態」なんだと思った。私も今、できる気しかしない。
③自己肯定できるようになってきた
have toが剥がれると共に、自分の考えもフラットになっていった。すると周りの意見や視線が気にならなくなって、そもそもなんであんなに自分を責めていたのかが分からなくなってきた。
まあ、そんな感じ。
きっと信念を持つこと自体は大事なのかもしれないけど、私の場合はその信念を「達成できている状態」があまりにも狭すぎたし、きっと自分には合わないやり方で実行していただけだった。
今はとっても楽チンに生活している。
「書くことが好き」って言えるようになったのもこのおかげ。
私はちょうど休職して、ガチガチに周りが「have toだらけ」の環境から離れることができたことも功を奏した、とコーチは言っていた。
「じゃあ、もしまた元の環境に戻ったら、このhave toも復活しちゃうんですかね」
と私が聞くと、
「いや、そもそもその環境をもう避けるようになると思うよ」
とも言ってくれた。
確かに、それもそうだな、と思う。
コーチとひろゆきがいなかったら、私は今も人に言われるがままの人生だったかもしれない。
ありがとうひろゆき。スパチャは多分投げないんだけど、これからも勝手に応援しています。
私のコーチはこちらのお方