掌篇小説「DIGNITY 〜彼の信条〜」 (約1500字)
どうして僕がかくも理不尽に糾弾されなければならないのか、全く理解が追いつかなかった。
連中の言い分は、合衆国の平均値以上の知能指数を持ち合わせているとは到底思えないほど愚にもつかないもので、何をどう議論し誰がどうやったらあのような結論に帰着するのか、僕には分からなかった。分かりたくもなかった。
この州のトップの面々はおろか、フェデラルのご老体共までもが、そして他方でその辺りのストリートを散歩している幼女とそのシングルマザーまでもが、この僕に刑に服せと、不条理としか表現し得ない冒涜にも似た文言を、希望、願望を強烈に抱いているというのだ。
僕が何をした?!
ただ純粋に我が国の安全と尊厳を脅かす害虫を駆除しただけじゃないか! それはこの自由の国の為、我々の安全と名誉の為に行った善行以外に他ならず、ちょっとした賛辞や賞賛を軽やかに浴びて終わるだけの話だ、少なくとも僕はそう信じている。あの時も、今この瞬間も。
言っておくが僕はレイシストではないし、男尊女卑なんて馬鹿げた思想も持ち合わせていない。ここエンパイア・ステイトのみならず、フェデラル、つまり連邦政府のルール、決まり、もっと言ってしまえば国の掟、金科玉条、即ち憲法だって完璧に理解し把握している。僕が幾つでロースクールを卒業したと思っている? 法に抵触するなどという愚行は犯さないし、他の国民、我が同胞たちを傷付けるような真似もしたつもりはない。皆無だ!
分からない、訳が分からない……!
冷静になろう、今の僕は酷く感情的になっている。極めて僕らしからぬ精神状態だ。常に冷静沈着、人並みの情緒は持ち合わせているが、とある作家が言うところの『冷たい心』をも、僕は同時にこの心臓に宿している。
まずは最初からファクト・チェックを行おう。三日前の深更、僕はマンハッタンのアッパーイーストサイドのアパートメントからサブウェイに乗ってダウンタウンに向かい——
しかし事実の精察は『看守』だとか『監察官』などと呼ばれる粗野で低脳そうな大男の酒焼けした低い声で遮られた。僕に外に出ろと言う。
いいだろう、連中の居場所まで歩きながらでも熟慮し、必ずこの僕の身の潔白を、心の、尊厳の、魂の純白を証明してみせる。
僕の意思は強固だった。この世の何よりも。そう、ダイヤモンドよりも。
「しかしだねぇ……」
法廷の一番高いところに座り、白い顎髭をいじる男の顔には、僕には受け入れがたい表情が浮かんでいた。
——呆れ顔。
「きみの我が国への献身さは実に素晴らしいし、きみと同世代の我が国民達に見習って欲しいくらいだ。きみの知性、あらゆる法への理解力、特に憲法に対する深い造詣も尊敬に値する。だが……」
「裁判長、何が問題なのでしょうか? はっきり仰ってくださいませんか? 貴方が今まさに口にされた通り、僕の知能はそれなりのつもりだという自負がございます。ですから、遠慮は無用です。噛み砕く必要もございません。何故、今、僕がこの国を守る為の行いによって刑に服せと大多数から叫ばれているのか、その理由を、どうかご教授ください」
そう言って、僕は深く、一礼した。いっそ優雅に。
傍聴席からはひそひそとざわめきが聞こえたが、それはおそらく僕の真摯さに対する賛辞であろう。
白髪の裁判長は黒縁眼鏡をくいと上げ、僕を見下ろし、つぶらながらも冷徹な光を一瞬放った。
「きみがそこまで望むなら事実は事実として伝えよう。単純に、きみがこの国の国民ではないからだよ」
【了】