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Toronto Working Holiday[3]

・引っ越し2日目

 昨晩はビールをいただき、同居人のみんなと音楽を聴いていた。英語が苦手は私でも、音楽という共通言語のおかげでみんなとなじめ楽しく過ごせた。今後こういった日々を過ごしていく中で、私はだんだんと英語が聞き取れ、話せるようになっていく。あの日は6人部屋という過酷な環境の中で、ぐっすりと眠れたことを覚えている。
 翌朝、目が覚めキッチンへと向かい、金がない僕は1 DOLLAR SHOPという日本でいう100均のような場所で買った10個入りのパンを食べようとしていた。すると、キッチンには昨晩楽しい夜を過ごしたうちの1人が朝食を作っていた。「コーヒー好き?」と言われ、答えると余分に1杯のコーヒーを入れてくれた。「Have a good day」という言葉とともに。なんて素敵な人だ。そしてなんて素敵な言葉、文化だと思った。こんな些細な出来事さえ覚えているくらい刺激的な毎日だった。

・食事

 基本的に食事は家で済ませていた。なんて言ったって10万円弱しか持ってきていないので、1か月分の家賃と食費でそんなお金はなくなってしまうからだ。私が住んでいた家では、米とパスタが常備してあり、住人は自由に食べていいというルールがあった。これに非常に助けられた。日本からはお米などの食材はもっていかなかったが、唯一出汁を持っていっていた。だし道楽という都会ではしばしば見かける自販機で売っているものである。
 だしと米があるものですから私は、親子丼を作ろうと思った。玉ねぎと鶏肉と、卵を買ってきて、さっそく調理に移った。料理はもともと好きで得意であったため、何も見ずとも親子丼くらいは作れた。海外の卵は生では危ないと聞いたことがあったので、半熟にはできずしっかり火を通し無事完成した。しかし一つ問題があった。自由に使える米は、もちろん日本の米でない。タイ米のような形をした米だった。皆さんは、タイ米で作る親子丼を食べたことがあるかな?これは食べたことがある人間しかわからない衝撃がある。不味い。食料は日本とおそらく変わらないだろう。卵、玉ねぎ、鶏肉。そして調味料酒やらみりんやらはなかったので、出汁、醤油、砂糖で味をつけた。違うのは「米」。20歳。和食は「米」が大切であることを学んだのだった。

・Nuit Blanche

 10月5日、1週間ちょい経った頃。段々とトロントでの生活にも慣れてきたので、私はビール片手に夜の街に繰り出した。歩いていると、昨日まではなかった場所にアート作品のようなものが。なんだこれは、と思いながら街を歩いてゆくと、いたるところにアート作品があるではないか。実はトロント、というかオンタリオ州というのは芸術の街として有名らしい。街中にはスプレーアートやアート作品が常日頃からあったりする。美術館も規模が大きく、数も多い。
 そんな街で10月5日から10月6日朝まで”Nuit Blanche”というアートフェスティバルが街全体で開催されていた。何も知らずに迷い込んだが、非常に素敵だった。パンフレットの表紙には"Sunset to Sunrise"や"Less Sleep"など書かれており、その夜はみな夜更かしして街中で芸術に触れる日なのだ。金色の動物がいたり、ピンクの鹿がいたり、超巨大な銀色のカーテンがあったり、カラフルにデザインされた棺桶があったような気がする。
 あとから知ったがその日はトロント中の電車が無料になるらしい。素晴らしい取り組みだ。そんなことを知らない私は、興奮が冷めないが家へと帰っていた。そんな時だ。「Excue me」と声を掛けられ振り返ると警察が…。何を言われているかわからないが、ビールを指さされていた。何かわからないので私はビールを一気飲みし笑顔を見せると、警官も笑っていた。帰って調べると、トロントでは路上で飲酒するどころか酒を見せるだけでも罰則があるらしい。それを見てビールを一気飲みした自分がとても恥ずかしかったが、何も知らぬとも何とか生きていけるのだなと思い、自分の精神の強さが少し誇らしかった。

 



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