成人の日 に「脚下照顧」を考える
Wellbeingのあり方を追求するイメージコンサルタントの あべりかです。
今年は1並びの日の成人の日。
成人式の開催を巡って各自治体の動きは様々ですね。新成人の皆さんは様々な思いを胸に抱えているでしょう。
今日は、Wellbeingな社会人生活に大切な「脚下照顧」の概念から紐解く足元への配慮について、イメージコンサルタントの視点でお伝えします。
*Wellbeing=身体的にも、精神的にも、社会的にも「よい状態」であること
現在の成人式のルーツ
今のような成人式の形式を取るようになったのは、敗戦後の1946年、これからの時代を担う青年達に明るい希望を持たせ励ますため、埼玉県(蕨市)で「青年祭り」として開催されたのが初めとされています。
その様子を見た日本政府が「若者一人ひとりが大人の一員になったという自覚を持って責任を果たす」ことを目的に祝福をすべきと考え、1948年成人の日が制定されました。
冠婚葬祭の中に表れている成人式
冠婚葬祭の中で、成人式を表す漢字、どれだと思いますか?
答えは「冠」。
人間が成長していく過程(出生、成人、結婚、死など)で、次なる段階の期間に新しい意味を付与する儀礼を通過儀礼といいます。
それを端的に表しているのが冠婚葬祭。
冠は成人式、婚は結婚、葬は葬式、祭はお盆や法事など先祖を祀る行事を意味します。通過儀礼にはこのほか、七五三や還暦なども含まれます。
時代を遡ると、成人式のルーツともなる儀式があります。
元服です。元とは首(こうべ)、服とは冠の意とされ、成年の象徴としての冠を加え、髪形、服装を改めることにあります。加冠の儀とも言われます。
これを期に一人前の扱いを受けることとなり、男子は戦場に赴く、家を継ぐなどが許されました。
通過儀礼と服装
通過儀礼を見ていくと、服装にとても関連していることがわかります。
諸説ありますが、「結婚式の白無垢が嫁ぎ先の家に染まります」などという言い伝えはよく聞きまよね。
成人式に振袖が定着してくるのは昭和30年代の頃。
戦時中に贅沢品となり、売り上げがままならなかった着物業界が、元服からヒントを得て、成人女性の正装である振袖に着目し、百貨店とタイアップして定着させたそうです。
いずれにせよ、服装は、通過儀礼の際に新しい人生のステージに立ったことを自覚し、周囲に対して視覚化する役目もあるのではないでしょうか。
言い換えると「形から入る」ということになるでしょう。
「祝いのハレ」と「日常のケ」
古来より、日本人は、祭礼や年中行事などを行う日をハレの日、普段通りの日常をケの日と呼び、日常と非日常を使い分けていました。
通過儀礼のようなお祝いの日、ハレの日に着るものを晴れ着と言います。
晴れの反対は、ケで日常を指します。
日常に着る服を明治時代までケ着(ケは褻や穢と表す)といって普段着を指しました。
病気や死のみならず、ちょっとブルーな気持ちやUnhappyなこと、日常のケの生活が順調にいかなくなることを、気枯れ=ケガレともいい、忌み嫌い、禊ぎ、清め、祓いなどをしました。
節目の行事に日本人はこの日常のケガレを落とし、単調になりがちな生活にケジメをつけ、ハレの日を迎えるようになりました。
晴れ着で服装を整えることで、気持ちも新たになり、前に進む力をも纏うような感覚でしょう。
また、親の立場からは、子供の成長を喜び、人生の先に幸あれという願いを込めて支度をします。
どうぞ、今日のこの日をご自身とご家族で喜びを分かち合い、前に進む力を養ってください。
脚下照顧 ー 自らの歩む足を大切に
新成人のみなさんに「脚下照顧」という言葉を送らせていただきます。
脚下照顧 - 自分の足下(脚下)を顧みるとは「我が身」や「我が心」を振り返り、自分が今どのような立場にいるか、よく見極め、ことに当たりなさい
直訳すると「足もとに気をつけよ」という意味です。
現代では、お寺などの玄関に「靴を揃えましょう」と標語的に掲示しています。
それに対し、私は数々の若い起業家の方をコンサルティングしてきた経験から「靴を磨きましょう」と意訳したいと思います。
若い頃は、夢や希望に向かってがむしゃらに突っ走ることができる一方、次から次へと様々なことに流されて、自分のことを静かに見つめる機会を失いがちでもあります。
そんな時こそ、『靴を磨く習慣』をつけてください。この習慣を持つことで、自分の行動が浮き足立っていないかを振り返る時間が作れます。
私自身も、理想を高く持つほどに足下をおろそかにしないよう心がけています。
革靴だけでなく、スニーカーの靴底は減っていないか、紐が汚れていないか、ヒールのかかとは傷だらけになっていないか、靴を手入れして整えましょう。
磨かれた靴が語るもの
海外のホテルやレストランで良いサービスを受けたい時、靴を磨くのが一番の近道と言われています。
良いサービスを受けたいから靴を磨くというのはおかしな話ですが、靴は生活やその人の習慣が一番表れやすい場所のため、そのように言われるのです。
海外のホテルに勤めていた友人が「顔や身なりをまじまじと直視できないから、目安として靴を見るように指導されていた」と教えてくれました。
また、日本には「お辞儀の習慣」があり、頭を下げた際に最も目に付くのが「足元」なのです。
磨かれている靴と、磨かれていない靴の与える印象が異なるのは言わずもがなですね。
手入れが行き届いた靴からは、このように印象が無意識に転化します。
→自己管理ができていることへの信頼
→身嗜みに配慮しているゆとり・余裕
→良いコミュニケーションへの期待
以前身嗜みについて、相手に合わせた配慮が必要だと以前お伝えしました。
自分にとっても、身嗜みは大切な習慣です。
脚下照顧、どうぞ今日は靴を磨いてお出かけください。
文化に触れることは、生活を丁寧にしてくれるなど、心の余裕に導いてくれます。私の提案するコンサルティングでは、セルフケアの一つとしてお伝えしています。
イメージコンサルティングのスキルを通して、あなたのWellbeingにつながりますように。
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