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私の好きな映画のシーン(56)『ザ・ストレイト・ストーリー』

 久しぶりにアンドレ・ブルトン著「シュルレアリスム宣言」を読んでいたころ…テレビをつけてぼんやり画面を眺めていると、突然、手だけのCMが流れ、私の心は釘づけになりました。調べてみると、田中泯さんの手だけの動きでした。
 「シュルレアリスム宣言」を再読していた理由は、「徹底的な現実主義だったよね」という高校生以来シュルレアリスムというものを捉えていた考え方を再確認したかったからです。以前、noteの「本に愛される人になりたい(56)アンドレ・ブルトン著『シュルレアリスム宣言』」に綴ったとおり、「シュルレアリスムを日本語では『超現実主義』とし、何やら現実を否定して幻想豊かになるべきだ的な押し出し感に違和感を感じていた私にとり、そのスコンと落ちてきたものは、『そもそも現実というのは、そんなに秩序だってはいない』という感覚でした」
 ちょうど、セリフを多様し説明言葉ばかりの映画やドラマや小説の描き方に食傷気味になっていたので、シュルレアリスムという意味合いを確かめていたときに、田中 泯さんの手だけの動きに出会え、心を釘づけされたわけです。
 さて、『ザ・ストレイト・ストーリー』です。ニューヨーク…タイムス紙に掲載された実話を元に、デヴィッド・リンチが監督しました。デヴィッド・リンチ監督と言えば『イレイザー・ベッド』、『エレファント・マン』、『ワイルド・アット・ハート』や『ツイン・ピークス』などでお馴染みのカルト映画の監督としてとらえられてきた監督です。
 ところが、『ザ・ストレイト・ストーリー』は、まるでドキュドラマの様に、主人公アルヴィン・ストレイトの旅路を淡々と描いています。これがあのデヴィッド・リンチが監督したのか?と思ったほどです。アイオア州のローレンスという町に住む70歳を超えた頑固者の老人ストレイトは、10年前の不和が原因で交流を絶った兄ライルが倒れたという知らせを受け、350マイル(約560キロ)離れたウィスコンシン州に住む兄の所まで行こうと決め、時速10キロに満たない速度の芝刈り機に跨り旅路に出ます。足腰も弱くなった老人の冒険のような旅路です。
 その旅路では、様々な困難が待ち受けますが、人々との様々な出逢いが色彩を与えていきます。この淡々とした映像筆致には、余分なセリフはありません。あくまで、日常生活をスケッチしたように、物語が物静かに織られていきます。
 アルヴィン・ストレイトが、ガタガタガタと芝刈り機を運転しながら、飄々と通りを走るだけのシーンに私は見せられました。
 この作品では、登場人物たちは、徹底的な現実主義で描かれたように思っています。
 私たちは精緻で論理だった考えで日常生活を営んではいるわけがありません。望洋としていたり、漠然としていたり、切れ切れの言葉を頭の中で浮かべたり…そんなものではないかと思っています。そして、『ザ・ストレイト・ストーリー』をたまに観ると、いつもホッとするのは、デヴィッド・リンチ監督の徹底的な現実主義の賜物のようです。
 さて、主人公アルヴィン・ストレイトを演じたリチャード・ファーンズワースは、この映画でニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞を受賞し、やアカデミー賞主演男優賞にノミネートされましたが、アカデミー賞授賞式が開催された2000年の10月に、自宅でショットガンで自殺しました。映画撮影時には既に癌を患い苦しんでいた彼は、自殺という死を選びました。
 ワイワイガヤガヤした映画も楽しいものですが、たまには淡々とした映画も良いものです。中嶋雷太

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