気持ちを認める、その先に。
今日の1、2時間目は、次女が楽しみにしていた生活科の「まちたんけん」の授業。
聞いた時からワクワク楽しみにしていた次女。
(※ちなみに次女は昨年の1月末からほとんど学校に行っていません。クラスに入ると苦しくなるそうで、一言で言うと、自由とワクワクを愛する次女にはルールが多いのがきついみたいです。楽しいことは好き。)
何か準備があるのかもしれないからと、今週は張り切って生活の授業(だけ)でたりしていたのだけれど・・・昨日の夜になって、明日行きたくない。と言い出してしまいました。行ってみたら楽しいかもよー!なんて声をかけてみたけれど、気持ちは朝起きても変わらず。
理由を聞き出してみると・・・学校近くのスーパーや郵便局、公園あたりを探検するのだけど、
「話してはいけない」
「歩き回るだけ」
「建物の中には入らない」
「公園にいくけど遊ばない」
という説明を聞いて、一気に楽しみがなくなったそう。しかもよく行くスーパーの辺りだから、知ってるしーと言う。
確かに・・・おともだちとワイワイ楽しいイメージを持っていたよね・・・。せっかくの機会だから行ったらいいのにと思う私の気持ちも、それはしょうがないかなーとなりました。
いつもの道をただ静かに歩く中で、これまでにない発見を楽しむ
・・・のはちょっとまだ次女には難しいかな、笑
楽しいことしかしたくない次女。その気持ちをしっかり表現できることは素晴らしいと尊敬しています。その上で、最初楽しいと思えなかったとしても、自分で楽しみを創っていけるようになることも今後の課題なんだろうな。
与えてもらう楽しみだけじゃなくって、創り出す楽しみも。
そうやって人生を創っていくことも学んで欲しいな。
自由を、気持ちを、
認めて、肯定する。
だけどそれで終わりじゃない。
心の成長をどう促すか?
体験をどう活かすか?
学校のシステムが、とか
コロナのせいで、とか
それで終わらせることもできるけれど、どんな状況でも自分らしく生きるために。
子どものことだけじゃなくって、自分のことでも、常に意識していることです。
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