映画『ルックバック』
2024年8月。ずっと気になっていた映画『ルックバック』を観た。
※ネタバレも後半含みます。
原作:藤本タツキ「ルックバック」
監督:押山清高
あらすじ
好きな事を好きであり続けることの難しさ
何かに打ち込んだ事が少しでもある人は、主人公の「藤野」の心理描写に共鳴せざるを得ないのではないだろうか。
周りから誰よりも評価をされ、絶対的な自信を持っていた「絵」という領域。
その自分がどうにでもなれると信じて疑わなかった世界が、突然現れた天才によって、180度変わる瞬間。
京本が藤野の世界に現れたことにより、藤野にとって「絵」は『好きなこと』から『負けられないこと』になる。
京本を超えるため、描いて、描いて、描く。
なのに、それだけ努力をしても、勝てない。
そう自覚をする瞬間の、鈍器で頭を殴られるような感覚。
世界がつまらなく、自分はそこで誰かに求められるのだろうか、と孤独を感じる瞬間。
この藤野が放った「や〜めた」という一言の重みが、痛い程わかった。
好きでも、どれだけ没頭したとしても、越えられない人がいる。
努力の限りをかき集めても、勝てない事が存在する。
それを知ったのは、ちょうど自分も藤野くらいの時だったように思う。
そして「世界って、そういうものだ」と割り切ってもがく事を諦めた瞬間、すごく楽になったと同時に、何か、何かは分からないけれど、2度と得る事のできない感情を失った気もする。
京本との出会い
そして卒業式の日、藤野は京本の自宅を訪問した事で「京本の没頭の総量と、その原動力」を知る。
長く暗い廊下に積み上がるスケッチブック。
何も言わずとも分かる、京本の絵にかけた時間。
そして京本が、自分の絵を、漫画を、誰よりも認めて羨望していたという事実を知った瞬間の藤野。
この時の藤野の行動、田舎道を帰る足取りと表情がとにかくめちゃくちゃ泣けた。
人生の全部が認められたような、肯定されたような感覚が自分の中に溢れる瞬間。
これを映画の中では、すごく丁寧に、時間をかけて描かれていた。
この描写をみて「この映画をスクリーンで観ることができて良かった」と心底思った。
1人ずつだった世界が、2人の世界へ
2人は一緒に漫画を描き始めるようになる。
青春のほとんどの時間を2人で過ごし、「漫画」に費やす姿に、胸の奥がギュッとなった。
引きこもりだった京本が、藤野に手を引かれてどんどんと外のキラキラとした世界を知っていく様子も心を揺さぶる。
※以下、ネタバレ含みます
藤野が漫画の連載を目指す中、「絵」を学ぶために美大に行きたいと打ち明ける京本。
なんとか引き留めようとする藤野に、「もっと絵が上手くなりたい」というシーン。
京本によって「絵を上達させたい」という感情が芽生え、それに支えられていた藤野にとって、この言葉の重みは分からないはずがなかったと思う。
だからこそ、止めなかったし、別々の道を選択する他なかったんじゃないだろうか。
想像せざる得ない、モノづくりをする人たちの人生
物語の後半、凄惨な事件が起こる。
京本のいる美大に、斧を持った男が侵入し、この犯行によって、京本は殺され、12人死亡、3人重症になる。
絵に怒りを持った犯人が美大生を大量殺人する表現。
もちろん作者の真意は別にあったとしても、京アニ事件を思い出さずにはいられなかった。あまりにも身勝手な動機で、たくさんの才能、努力が失われた事件。
映画の最後、藤野が京本との思い出を回想するシーン。
あの事件で亡くなった多くのクリエイターの方たちも、こんな風に、自分の好きなものに没頭する喜びと苦しさとずっと向き合い続けながら、作品をつくってきたんだろうか。
1人ひとりのモノづくりにも、きっと藤野と京本のような物語は形は違えど存在していて、それでも辞めずに、好きを諦めずに、生きていたんじゃないだろうか。
そう想像せざるを得ず、こんな理不尽があっていいわけがない、と苦しくなったし涙が止まらなくなった。
特に創作という領域は、作中にあるように本気になればなるほど、大衆から浮くことや、周りから否定をされることも多い気がする。
そんな孤独の中にいた藤野にとって、京本という存在は光だったはずだし、京本にとってもそれは同じだったと思う。
そうした光を失うことの絶望は計り知れない。
あの事件のニュースを聞いたクリエイターは、どんな思いでいたんだろうか。
原作者の藤本タツキ先生は、映画公開に際してのコメントで以下のように語っている。
もちろんこの「消化できなかったもの」が何を指すか、答えは分からない。
ただ事件の後、机に向かい、ひたすらに描き続ける藤野の背中をみながら、「この時代に作品を創り続ける人たち」へのリスペクトは忘れたくない、と強く思った。
最後に
結論、大きなスクリーンで、アニメ映画として観ることができて、すごく良かった。
これまで大なり小なり、努力をしてきた経験のある人や一つのことに打ち込んだ事のある人は、なおさら藤野や京本に自分を投影しながら作品を楽しめるんじゃないかと思う。
心をずっと揺さぶられる作品だった。
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