【ミュージカル】《後編#2》キンキーブーツ』の楽曲を楽しむ〜オープニングナンバー編
ミュージカル『キンキーブーツ』のレビュー《後編》の#2です。今回はオープニングナンバーについて書きます。
《前編》では、作品全体の見どころにについて書きました。盛大なネタバレはしてないつもりなので、これからご覧になる方もお読み頂いて大丈夫です。
《後編》はネタバレありの楽曲レビューシリーズです。
順番に読んで頂くのがおすすめですが、お好きなところからでも、大丈夫です。ネタバレはやだよ、という方は#1ローレン&チャーリー編の「まずCDジャケットを愛でてみる」だけで離脱する事をお勧めします。
#1 ローレン&チャーリー編
#2 オープニングナンバー編(←ココ)
#3 ローラのプライス&サン改革編
#4 ローラの解体新書編
#5 ストーリーの回収編
さて、この楽曲レビューの#2では、オープニングナンバーについて書いていきます。
『キンキーブーツ』のオープニングナンバーは、『 Price and Son Theme / The Most Beautiful Thing in the World』の二曲メドレーです。
このメドレーは、様々な伏線が張り巡らされ、とてもよくら考えられています。それぞれのコンテンツはとてもわかりやすく、音楽的にも演出的にも、数あるミュージカルのオープニングナンバーの中でも傑出したメドレーです。
観る方は、目も耳も脳もフル回転で、楽しんで欲しい一曲です。
実質上のOverture
overtureのない『キンキーブーツ』は、『Price and Son Theme』が、実質上のovertureです。この曲は、まるでラジオのCMのような曲です。出だしはアカペラの女性コーラスが美しくて可愛い。聴き心地のよいメロディです。
この曲によるとプライスアンドサンの靴は「実用的で丈夫で長持ち」だそうです。それはいいけど、いかにもダサそう。メロディは、可愛い曲なのですが、曲のアレンジの感じも「昭和か!」と突っ込みたくなるような古臭い感じで、時が止まってしまっているかのようです。
私はこの曲を聴いて、少なくとも1980年代くらいの話かと思っていました。
なので、今回、物語の冒頭、チャーリーがスマホで電話しているのを見て、危うく、お茶吹き出しそうになりました。危ない危ない。
この曲は、いかにもCMな雰囲気に相応しく、演奏時間にしてたった30秒ほどの曲ですが、一瞬にして、真面目だけが取り柄のダサくて古臭い靴屋の話だ、とわかる一曲。
わかりやすくて、上手い導入です。
素直なチャーリー
さて、ダサくて古臭い靴屋の話だぞ、とわかったところで、メドレー二曲目は『The Most Beautiful Thing in the World』。「世界で最も美しきもの」というタイトルからして、いかにも古き良きイギリスの雰囲気が漂います。
曲の冒頭は、チャーリーパパが歌います。プライスアンドサンの靴について、得意げに「世界で最も美しい」とおっしゃるチャーリーパパ。
チャーリーが子供の頃は、質の良い紳士靴は、まだまだ良い時代だったのかもしれない。けど、今の時代から見ると、思いっきりズレてる!
なにしろ、このミュージカルのタイトルは「Kinky(イッちゃってる)」ブーツなのです。あの、キンキーブーツのロゴはすでに観る人の目に焼き付けられています。なのに、この曲の中では、「上品で履き心地良い靴が世界で最も美しいのだよ」と、チャーリーパパが、幼いチャーリーに語りかけるのです。
ズレてます。明らかにズレてるよ、チャーリーパパ。
ズレてるのに真面目な職人風の風貌が、コメディにしか見えないチャーリーパパ。憎めない善人キャラオーラが半端なくて、なのに思いっきりズレていて、漫才で言ったらボケです。思わずくすくす笑ってしまって、隣の席の人がギョッとしてこっち見てましたが、ここ笑うところじゃなかったのか。。。
で、ですね。
幼いチャーリーは、本当に素直で良い子なのです。
パパに教えられた通り、「この世で1番美しいものは?」と聞かれたら「くつ!」と答え、「ほら歌って」と言われたら楽しそうに歌う。「次は君が後を継ぐんだよ」と言われたら「くつ!(を作るんだね)」と答える。
チャーリーパパ、子育て成功してます。いや、もはや洗脳か。
でもって、「もし、僕が靴を作りたくなかったら?」と、一応チャーリーが聞くのですが、パパは「面白い冗談だね」と相手にしない。自分もそうしてきたように、靴屋以外の人生など、思いもよらないのです。
この2人のやりとり、さりげなくて微笑ましくて、いいシーンなのですが、チャーリーの人となりがここで全て描かれています。
チャーリーは素直で良い子なのです。自分が靴屋の4代目だという立場もわかっている。
でも、どっかで、この仕事に打ち込めるだろうか?と直感的に感じているんです。その不安にパパは答えてくれない。
このまま大きくなったのが大人チャーリー、その人なのです。
子供チャーリーから大人チャーリーに一瞬で入れ替わる演出は、瞬きしてたら見逃してしまいそうですが、「まんま大きくなりました」というのがわかりやすくて、これまたよくできてるなぁと感心します。
ローラは子供の時からやっぱりローラ
さて、ここで、ローラの子供時代もちょろっと描かれます。
男の子には不似合いな真っ赤なハイヒールをはいて、楽しそうに歌い踊るローラ。
それを見つかって怒られる、と言うシーン。
ローラはハイヒールの事をこんな風に歌います。
Feels like I’m dancing across the high wire
Or bravely soaring up into the blue
Just like a rocket looks with sparks and fire
Feels like the magic never ends inside these
まるで綱渡りしながら踊っているみたい
空に舞い上がるには勇気がいるよ
火花でキラキラする打ち上げ花火みたいに
この靴は終わることのない魔法みたい
(Ricky テキトー訳)
ローラ可愛い。
可愛いすぎる。
で、これを大人ローラは「sex」と一言で表すようになるわけです。
そう思ってもう一度この詩を読むと、官能的にも読めます。
大人が歌ったら、文脈によっては、すごくエロティックかもしれない。
大人ローラが、ヒールのある靴を「sex」と呼び、日本語の翻訳ではそのまま「sex」と訳されています。それは語感とかリズムとか文字数の制限とか‥、、ええ、わかります。わかるんですけど、ローラの言う「sex」が意味しているところは、この子供ローラが歌った内容だというのが伝わらないのが、なんとも切ないのです。
この歌詞は、大人と子供のボキャブラリーの差をうまく利用した、とてもウィットにとんだ美しいアートなのに、翻訳されるとその良さがなにも生かされていない。
日本語で「sex」と言った時、ローラがハイヒールに対して感じる果てしないロマンや、ワクワク感が伝わってるんだろうか。
難しいとはわかりつつも、幼き日のローラの思いと、大人ローラの言う「sex」が、連想できるような訳し方をしてくれたら、ローラが幼い頃から、いかにキンキーブーツにロマンを感じていたかが表せたのではないか、と思ったりします。
そうでないと、せっかく子供ローラが出てきた意味がない。。。んだよなぁ。
ニコラは現代の象徴
さて、歌の後半、話は現代へ。
大人になったチャーリーの横には綺麗な彼女、ニコラがいます。
ニコラはド派手で履き心地が悪そうな、だけど真っ赤でかっこいいハイヒールに見惚れています。
まさに現代のチャーリーが置かれている状況を象徴しています。
旧態依然とした紳士靴の工場と、ピカピカのカッコいいハイヒール。
この対比は、この物語の中で登場する多くの対立概念を象徴しているように思います。
男性と女性
親と子
保守と革新
田舎と都会
白人と黒人
機能とデザイン
故郷に残るか出るか
家族か恋人か
これらの対立概念のせいで拗れている問題を、ひとつひとつ解決していくのが、キンキーブーツのストーリーなのです。
ニコラの視線の先にある、一見キラキラしたモノが、本当にキラキラなのか、それを観客はチャーリーと一緒に見極めていくことになります。
それはさておき、「私と結婚したいならこの靴をプレゼントしてよ」とニコラがおっしゃいます。言外に、「この靴を履いていく場所のある生活をプレゼントしてよ」と言いたいわけです。そんな彼女に、「こんな靴どこで履くんだ?」と答えるチャーリー。
靴といえば「丈夫で長持ち」、そして「上品で履き心地」がなによりだ、と教えられて育った田舎の靴屋の息子に、ニコラが容赦なく畳み掛けます。
Then good thing we’re moving to London!
And won’t they make a fittin farewell to the stink of cattle farms and tanin leather?
Oh we may have been born in a small factory town,
But we sure as hell don’t have to die there!
大丈夫、私たちロンドンに行くんだし!
農場やなめし革のくさい臭いともすっかり縁がきれるわ
工場だらけの小さな街で生まれた私たちだけど、こんな地獄で死なずにすむのよ!
(Ricky テキトー訳)
赤い華やかなハイヒールにうっとりしてるだけでも充分でしたが、ニコラがチャーリーにとって、いかにチグハグな相手か、というのがさらに明確になります。美意識も、見ているものも違いすぎるのです。
物語の中で、二人は多くを語らずに、さくっと別れてしまいますが、この冒頭でニコラがどういう人物かしっかり描かれているので、多くを語らせる必要がない、いわば時短演出とでも言いましょうか。
てか、ニコラさん。
あなた、なぜチャーリーなの?
どこがよかったの?
尻に敷けそうだからか?(笑
と心の中で突っ込んでしまいました。チャーリーはね、可愛い子に弱いタイプなんです。たぶん。
大人チャーリーとパパの確執
子供の頃は素直で良い子だったチャーリーですが、大人になったら、やはり靴屋を継ぐか継がないかで、パパと揉めます。
で、チャーリーにはひとつルールがありまして、チャーリーは自問自答する時には歌いますが、人と揉める時は歌いません。
ローラと揉める時も、ガチ芝居のシーンです。
というわけで、素直でパパの言いなりだった子供チャーリーはパパと一緒に歌うのですが、大人チャーリーは、パパと揉めるので、歌の途中ですがセリフの応酬のシーンになります。
パパは息子に、「ここがお前の居場所だろ」と説得しようとして、こんな嫌味をいいます。
But to leave your home and family for a job shopping in London!
家業を捨ててまで、ロンドンの商店街で働くのか!
(Ricky テキトー訳)
チャーリーは、不動産のマーケティングの仕事に内定しています。「マーケティング」の意味がよくわからないパパは、マーケットとショッピングモールを勘違いしています。
単語の似ているmarket(市場)と勘違いするならともかく、shoppingと二重に勘違いしてるあたり、かなり重症です。
なんでわざわざこんな二重に勘違いさせて、shoppigという単語を使ってまで、聴いてる人が「おや?」と思うようにしているかというと、パパさんの経営者として限界が、ここでさりげなく示されています。つまり、マーケティングも分からずに経営してるから、工場が危機に瀕しているわけです。
もうそこら中、伏線だらけで、おっとっとですよ。1行たりとも無駄にしない情報の宝庫です。
それにしても、ここも日本語になっちゃうと、意味が通じなくなっちゃうよなぁ。翻訳って難しい。
パパさん、それでも最終的には、しぶしぶ従業員たちと一緒に門出を祝って乾杯してくれます。従業員さんたち、何度もチャーリーに乾杯してくれる。信頼されているかはともかく、次世代の経営者になる人物として、チャーリーがそれなりに受け入れられているとわかるシーンです。
パパさんは、最後にひとこと、こう言います。
May you never fail to point your shoes back home
靴の向きを故郷に向けるのを忘れませんように
(Ricky テキトー訳)
こういう回りくどい言い方、イギリスっぽい。
アメリカ人が書いたイギリスを舞台にしたお話ならではの、わざとらしいイギリスっぽさに、クスッと笑える一言です。
エンディング
一曲の間に登場人物の紹介と、物語の背景の情報を全部ぎゅぎゅっと詰め込んだ『The Most Beautiful Things in the World』。
かなりの情報量なのに、曲と演出が一体となっていて、とてもわかりやすいスマートな一曲です。
そのエンディングは、パパ、チャーリー、ニコラに子供ローラが、オーバーラップしながら、総括して歌います。
復習タイムです。
MR. PRICE:
These shoes are symbols of our family’s history!
NICOLA:
These shoes will carry me to where I want to be!
YOUNG LOLA:
Feel’s like I’m dancing!
Don’t you go anywhere, because you belong to me!
CHARLIE:
You all do realize you’re talking about shoes?
パパ:
紳士靴は我が家の歴史のシンボルだ!
ニコラ:
真っ赤なハイヒールは私を未来に連れて行ってくれる!
子供ローラ:
ハイヒールってまるでダンスしてるみたい!
でも靴だけじゃどこへも行けない
だって、靴を履いてるのは自分なんだから!
チャーリー:
なんでみんな靴の話ばっかりするんだ?
(Ricky テキトー訳)
パパはここまでの内容を繰り返しています。
夢見るニコラは、少し発展させている。
なんでも斜め上をいく、子供ローラはちょっと違う。いきなり重要な事をさらりと言っています。
「靴」を変えれば全てが変わると思っているニコラ、そのニコラについて行こうとしているチャーリーに、さらに言えば「靴」がそのままならこれまで通りと思っているチャーリーパパに、「靴」を履いてるのは自分自身、全ては自分の問題なんだよと、時空を超えて歌っています。
また、このあと、大人ローラが伝えようととしていく「自分が変われば世界が変わる」に繋がる一言でもあります。
自分が変わらなければ靴「だけ」変えてもダメなんだよ、と。
この重要なフレーズを子役にさらりと歌わせる、キンキーブーツカンパニーの懐の深さよ!
そして、〆のチャーリーは、ひとりだけ疑問型。
前の3人が確信を持って歌っているのに、チャーリーだけ迷ってる。さっぱりわかってない。
迷えるチャーリーから話がスタートしますよ、と示されています。
繰り返しになりますが、この曲のタイトルは、『The Most Beautiful Thing in the World』。この時点では、登場人物それぞれが思う「The Most Beautiful Thing in the World」はまったく違うものとして歌われます。
このバラバラな伏線たちが、どう回収されていくのか、ワクワクさせるナンバーです。
このエンディング部分を初めて聞いた時、『LesMisérables』の「One Day More」だなと思いました。
全部で8組の役が、それぞれの「明日になれば」を歌う「One Day More」。
「One Day More」は、みんなで「♪One Day More」と歌いながら、考えている事はバラバラ。それでもひとつの歌になっているミュージカルならではの表現方法の一つを取り入れた名曲。この『The Most Beautiful Thing in the World』も、まさにそんな曲です。
「One Day More」は1幕の終わりに1幕を復習する曲ですが、キンキーブーツでは、この手法をオープニングナンバーに持ってくるとは!それだけ、このオープニングナンバーの完成度に自信がある証拠かなと思います。
もしかすると、まだ拾いきれていない伏線があるかもしれない。
映画版でも、劇場でも、ご覧になる機会があったら、ぜひ演出と共に新たな伏線をさがしてみて下さいね。
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