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どんな時でも自分の幸せを考えていい『サンセット・サンライズ』

『あまちゃん』放送から約12年、宮藤官九郎は再び東北の地を舞台にして脚本を描いたヒューマンドラマ『サンセット・サンライズ』

 昨年Disney+から配信されていた『季節のない街』の雰囲気にもよく似ているので『IWGP』や『ふてほど』もいいけど『あまちゃん』と『季節のない街』が好きな人は絶対にハマると思います。
 監督は2023年の邦画で一番面白いと思った映画『正欲』の岸善幸さんということで個人的に期待値も高かったけど、超えていった、、面白かった。

 舞台は2020年のコロナ禍が始まった3月の南三陸、東日本大震災の復興は見た目上ではされているけど、地元の人々には大きい心の傷が残っている。 
 日本でもコロナが広まり始めて、南三陸では感染者は出ていない。だけど、復興市や追悼式が中止となり、水際対策のため細心の注意を払うあまり南三陸の人々は都会の人=コロナというイメージを持っている。そんな町に都会から一人の青年がやってくる。
 それが物語の主人公で菅田将暉さんが演じる西尾くんである。
 彼は釣りが好きで、会社がリモートワーク体制になったことで都内にある実家から南三陸の海が見える一軒家を借りて一人暮らしを始める。
 彼が住み始めたのはほぼ新築の4LDKのファミリー物件、井上真央さん演じる関野さんが所有していて、訳ありの空き家物件になっている。

 最初は都内からきた西尾くんに都会から田舎に来た変人、さらにはコロナを持っているんじゃないかと警戒するが、2人は南三陸で増える空き家物件問題を解決することになり、協力するうちに段々と打ち解けて、お互いに意識し始める。

 また、地元の人にも西尾くんは都会の人だからと警戒されるが、西尾くんは楽観的で誠実で、気持ちのいい青年、近くに住む一人暮らしのおばあちゃんをパチンコ屋に送り届けたりと地元に尽くすため、すぐに町に打ち解けていってテンポが良い。

 町おこしをテーマにした『サクラクエスト』というアニメがあり、主人公は都会から田舎に引っ越して町おこしを始める本作に近い作品があり、その際に町の人から何かを変えられる人の条件のセリフとして「よそもの、わかもの、ばかもの」というのが印象に残っており、西尾くんを見て思い出した。
彼は実はエリートなのでバカではないが、、

 西尾くんは釣りが趣味とのことで釣りをするシーンと海産物を食べるシーンが多くこの映画の見どころとなっている。
 釣りのシーンは映画のポスターにもなっていて、趣味を全力で楽しむ活き活きとしたシーンになっていて現代版釣りバカ日誌である。

 そして、海産物を食べるシーンでは様々なシュチュエーションがあって、現実の解像度を上げている。
 例えばコロナ禍でリモート飲み会がよく行われたが、西尾君はその釣った魚や市場で購入した海産物、さらには地元の人からもらったタコを机に広げ、都内に住んでいる画面越しの同僚や先輩に見せて自慢をする。
 リモート飲み会ではそれぞれの家の雰囲気が分かったり、自分の好きなものを食べられるため、それぞれの個性が垣間見れたことを思い出した。
 また、地元の居酒屋に西尾くんが訪れた際、店主さんが南三陸の洗礼と称したおもてなしをするのだが、新鮮なうちに調理しないと食べられないような、まさに港町ならではの料理が振る舞われ、本当にうまそう。この居酒屋にはいつも同じメンバーがいて、その紹介もしたいのだがまた後で。
 ドラマ『あまちゃん』でいうところの地元の人が集まるスナックで車掌の杉本哲太さんが『ゴーストバスターズ』を歌うおなじみのシーンと重ねてしまい、地方の居酒屋に行きたいと思ってしまった。

 この映画はコロナ禍の時代を描いているが舞台が南三陸のため、東日本大震災もテーマとなっていて、西尾くんが借りている関野百香さんの家はどうして新築なのに空き家になっているのか、東日本大震災で何があったのかが分かっていくうちに地元の人たちはどれだけ関野さんんが大好きで心配しているのかが分かってくる。

 関野さんはいわば地元のマドンナ的な存在であり、彼女の幸せをただ祈る男たちがいつも居酒屋に集まっていて『ももちゃんの幸せを祈る会』という会を彼女の非公認で結成されている。
 『ももちゃんの幸せを祈る会』のメンバーは関野さんのことが好きだから、西尾くんは釣りをするために海が近い関野さんの家を借りたという事実が「西尾くんは関野さんの新しい彼氏かも」という憶測になり、いつのまにか「西尾と関野は結婚するかも」と話が大きくなる。
 1つの事で憶測を交わし合い、いつのまにか事実とかけはなれた噂話が町中に広がる。これは地元のコミュニティの狭さを上手に生かしており、それでも『ももちゃんの幸せを祈る会』は西尾くんに嫉妬しつつも温かく見守る。
 地元のコミュニティの狭さというとどうしてもマイナスイメージに描きがちであるが、本作はギリギリのところを狙って不快感がなく、関野さんの事が大好きで、幸せを一番に願うあまり、行き過ぎたことをしてしまう不器用な男たちになっておりもどかしくともコメディたっぷりの熱い人情物になっていた。
 『あまちゃん』の放送は2013年でその際は震災復興を一日もはやく終わらせて、町が元気になってもらうのはどうすればいいかということがテーマになっていたが、震災から14年が経ち再び東北を舞台に描いた本作では復興していても心の傷は残ったままだし、人は減るばかりという時代の流れを感じられる。

 これまでコロナ禍、震災が与えた心の傷について語ってしまい、どうしても、暗い映画だと思われてしまいそうであるがそれだけでなく元気をもらえるのがクドカン作品の魅力である。
 物語の根本的なテーマはどんな時でも自分の幸せのために踏み出していいということ。
 西尾くんは釣りが好きだからという理由でコロナ禍によるリモートの導入をチャンスとして南三陸に引っ越し、関野さんに恋をして町の人の温かさに触れてここに住み続けたいと願う。
 関野さんは心の傷が癒えず、それを心配してくれる人も多くて、町のことは大好きだけど、幸せは自分で見つけ出すものだし、ほっといても欲しい。
 そう、コロナとか大震災とかで悩んだり苦しんだりしていても、誰かにどう思われようと、町の事が好きという気持ちは変わらず、ここで幸せになりたいと願っている。
 それは南三陸の人を問わずどんな人でも一緒で、どんなことが起きても、周りがどんな雰囲気かは関係なく自分の好きな場所で、自分の幸せのために生きて良いんだと思わせてくれる素晴らしい作品だ。
 それがラストの竹原ピストルさん演じる居酒屋店主のセリフにも込められており、最後に幼稚園や小学生で覚える『おもいでのアルバム』という曲が挿入歌として流れるのだが、作品に合いすぎて号泣してしまった。

 僕はたまたま『あまちゃん』をコロナ禍の時に見返していて、収束した今の時代に『サンセット・サンライズ』を見たから、大震災も、コロナも忘れはいけないけど、ずっと考えて沈み込むのも違うから自分の幸せのために精一杯毎日を楽しんで、たまに思い出すくらいがちょうどいいのかもしれない。

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