世界はもう誰にも止められない~映画『ラストマイル』感想~
シェアードユニバース最新作『ラストマイル』を観てきた!
この映画は18世紀頃からヨーロッパを中心として始まった産業革命を皮切りに本格的に近代資本主義へと転換した社会の生末を描いていると言ってもいい程センセーショナルな作品だった。
資本主義により生まれる格差、大量生産大量消費を前提とした需給システム、そしてITの発達により実現した超情報社会とスピード感のある経済市場という壮大な土台を日本の物流システムに焦点を当てたミステリーに落とし込み、さらにエンタメ性溢れる作品となった本作は2024年公開の邦画で代表的な一作となっただろう。
経済のことを分かっている風に語ってみた。
次はこの映画の魅力を語ろう。
この映画は誰がインターネットショッピングサイトから発送される商品を爆弾にすり替え多くの人を傷つけている事件の犯人と目的は何なのかというミステリーになっているが謎を解くのは警察や探偵ではなくECサイトの物流倉庫で働く社員が謎を解くという点だ。
『MIU404』などの頼れる警察組織もいながら、死体から真実を解き明かす民間解剖研究施設『UDI』もいながら、もちろんその2つの機関の活躍もあり『シェアードユニバース』にする価値はあったが、思ったよりその出番は少なく沢山の人間がアメリカに本社を置く超巨大ECサイト『DAILY FAST』に振り回され続ける。
謎を解き明かす主人公は『DAILY FAST』で働くセンター長のエレナと関東物流施設で一番在籍が長い孔、解き明かすカギもECサイトに眠っておりミステリーとしてちゃんと面白い。
事件が起きた原因は海外資本に依存し、それが中心に回っている日本の物流社会にありドミノのように事件の影響が連鎖していくことが描かれている。トップダウン式で映画における立場の構造を説明すると…
アメリカに本社を置くECサイト『DAILY FAST』
『DAILY FAST』が日本に進出した際に置いた『DAILY FAST JAPAN』
関東へ商品を届けるための『DAILY FAST』関東物流倉庫
『DAILY FAST』と配送契約を交わす日本の配送会社『羊急便』
関東各地にある『羊急便』の荷物を預かり発送する配送センター
配送センターから注文者へと荷物を運ぶドライバー
爆弾にすり替えられたのは『DAILY FAST』関東物流倉庫から発送された商品である可能性が高いと警察から目につけられた影響は上にも下にも影響が及んでいくのだが、爆弾事件に直面した人たちが口をそろえて言うのは「うちは悪くない」「上の命令には逆らえない」
爆弾が届けられる危険性があるから発送を止めろと警察に要請されても『DAILY FAST』関東物流倉庫で働くエレナは物流倉庫のセキュリティーは万全だから爆弾にすり替えることは不可能、だから『羊急便』の誰かがすり替えたのだろう、そして上層部からは発送を止めることは売上低下につながるからできないと断った。
流通業界は商品が爆弾にすり替えられて爆発し、人の命が奪われるリスクよりも会社の利益を優先した。
『DAILY FAST』から責任転嫁をうけた『羊急便』と配達業者は当然憤慨するが、配送をやめてしまえば配送料が手に入らないし、医療機関など早急に物を必要としている人にも商品が届かなくなる。
だから配送は止められない、まるでいつ発砲されるか分からないロシアンルーレットをしているような恐怖を帯びながら運び続けるしかない。
爆弾の恐怖に怯えながらも商品を発送して届けることは経済を回す上では仕方のない判断だと僕も感じたが、商品が爆弾にすり替えられて爆発するシーンはどれも日常でありふれた届いた商品を楽しみにしていた期待で、それが悲惨な事件へと変貌してしまった痛烈な場面と描かれているので同時に胸も痛んだ。
ここからはネタバレになるが、犯人の目的はなんとしてでも倉庫から商品を発送することを0にすることだった。
動機は犯人の恋人が過去に『DAILY FAST』関東物流倉庫で働いており、あまりにあまりにその現場が過酷だったため自分の命を懸けて配送を止めることで物流システムの根幹を見直してもらおうとしたが、その事件は『DAILY FAST』に揉み消され、命を懸けた彼の目の前でベルトコンベアはすぐに動き出した。命を懸けたのに配送を0にすることはできなかった。
犯人は恋人が命を懸けたにもかかわらず何も変えることが出来なかった社会を恨み『DAILY FAST』が揉み消した事件を公にするために、恋人が成し遂げられなかった発送率を0にするために犯行に及んだ。
劣悪な環境や社会を告発する手段が命を懸けるしかなかった男という話を通して思い出すのはドラマ『相棒』の『ボーダーライン』という回だ。
この回は神回、鬱回として知られ、相棒の人気エピソードでは必ず上位に挙がっている。
転落死したとある男を特命係が調べていくうちに、その男は過去に会社が倒産し、家族と離れ離れになり、ホームレス生活をするという段々と社会の輪からはじき出されていった。
そして、男は社会に殺されたということを表現するために自ら命を絶つ。
配信で見られたら是非見てほしい回だ。
『ラストマイル』で起きた事件で描かれたのは様々な人が現代資本主義社会により現在進行形で精神的に傷ついているにも関わらず、止めてしまえば別のより大きな事態に影響が及ぶことを危惧しており、欲しい商品が明日には届く便利な社会と1つの大きな会社によって依存してしまった社会の代償を表現している。
商品を1日でも発送するのを止められれば、爆弾にすり替えられた商品を探すことができて、被害者が減らせるかもしれない。
しかし、止められない。
自分が止めたいと言い出せば、その責任が問われ出世の道からはじき出され、生活そのものが危うくなる。なにより「上がやれって言うから」「私は悪くない」と思うことで立場を守っていく方が止めることよりもずっと簡単で考えなくていい。
立場・価値観・性格・出世欲・仕事に対するモチベーションなど働いている人は全員違うが、社会の歯車を担う全員が少しずつ毒されて思考が狭まってしまっている。
毒が回っていることに気が付き苦悩する人、逃げ出す人、正常な振りをして働いてる人、その行動も様々……
真面目な人ほどより毒されやすいと考えてしまうが、自分の立場や性格だったら大丈夫と思っている人も社会の歯車なら等しく毒されているということを苦悩により気づかされるのがこの映画の恐ろしいところ。
僕はアニメ『SHIROBAKO』で矢野さんが言っていた「どんな仕事もつらい、辛さの種類が違うだけ」というようなセリフが好きで、仕事で人と接する上での考えのベースになっているが、まさしくこの言葉が思い浮かんだ。
また、さらにネタバレになるが映画はエレナの活躍により商品の発送が止められて、結果的に犯人の目論見通りになる。
エレナが止めることにより爆弾の発見が早まり事件は解決することにより、経済を回すことよりも有意義なことがあり、何より経済よりも人命が第一であるという一縷の希望が見出されており、一見ハッピーエンドにも見えるが僕はそうではないと感じた。
映画ではエレナという人物が立ち上がり発送を止めることができた、しかし現実世界にはそんなことが出来る人がいるだろうか?
エレナは野心家で誰に対しても怖気ない女性として描かれ、若くしてセンター長になった。
爆弾にすり替えられているという事件に当初直面した際、発送を止めないと言っていたが、実は彼女も立ち直れないくらい深く傷ついた経験があり、事件に対して犯人でなくても罪悪感を抱えていた。
だから、最終的に発送をやめるという決定を下したのだが、そんな決断と後始末を含めて事態を収集できる程の行動が出来る人は現実には残念ながらいるとは思えない。
何よりあくまでエレナも大きな会社に属する1人の人間だ。彼女の働きかけ1つで倉庫を止められ、上層部である本部に交渉し、委託している配送業者と協力することなんて到底考えられない。
僕の主張は映画を批判しているのではなく、エレナの活躍によって映画の世界と現実の世界の対比が鮮明になったということを伝えたい。
それを裏付けるのもラストシーンの終わり方だ。
「What do you want?」(あなたの欲しいものはなに?)と『DAILY FAST』の架空のCMが何度もアナウンスされて幕を閉じるという不穏なラストだ。
これはまさに購買意欲を刺激して、いつでも・どこでも欲しいものが、もしくは欲しいと思わされるECサイトの誘惑で幕を閉じている。
これはエレナの活躍により発送を止められたのはあくまで1日限りで、その後はすぐに生活が戻り、その後の世界は何も変わらないということを伝えたかったのだと考える、が僕は人間に欲望がある限り世界は誰にも止められない、そんなことも伝えてたいのだと感じた。