162 私は鶴にはなれない
新たに赴任した校長が教職員に着任のあいさつをしました。その中で「教師は鶴のようでなければいけません」と言っていました。どこから飛んできてどこに飛んでいくのかわからない鶴のように、教師もどこから来てどこに帰るかわからないのが望ましいと言いたかったようです。つまり生徒に私生活を見せてはいけないと言いたいらしいのですが、私は共感できませんでした。
当時私は学区に住んでいました。子どもの保育園の送り迎えや自分自身の通勤を考えて職住近接を重視していたからです。だから自宅の場所を知って