思い出の味
今年になって私の大好きなお店がふたつも閉まってしまった。
コロナの影響なのか、物価高の影響なのか、いろいろな理由があると思うが何にしても悲しい。
忘れないように思い出としてここに記しておきたいと思う。
ひとつめはベルリンにある「Deponie Nr.3」というドイツ料理のお店だ。
私がナチスドイツについて大学時代勉強していたこともあり、ドイツ歴史博物館に行った後に立ち寄ったのだった。
パブのようなカジュアルな感じで、仕事帰りであろう大人やいかにも呑みそうなおじいさん集団まで。客層は様々だった。
そこで食べたドイツ料理は全部絶品だった。
ベルリン式の太くて大きなソーセージも、添えられたポテトもザワークラウトも。
こんなにもドイツの料理は美味しいのかと感動した。
何より衝撃的だったのは、黒ビールだ。
それまではあまり得意ではなかったのだが、なぜか頼んでみたのが正解だった。舌触りがまろやかで、あの嫌だった苦味もスッと馴染むような感覚。むしろ苦味がクセになる。あまりにも美味しくて水のようにスルスルと飲んでしまった。
いつかまたドイツに行く時には必ず行こうと思っていたからすごく悲しい。死ぬまでにもう一度、あのビールを片手にドイツ料理を楽しみたかった。
またドイツに行きたいと思えるのは、きっとこのお店のおかげだと思う。
ふたつめは神保町にある「ろしあ亭」というロシア料理のお店だ。
たまたま大学のそばにあって、ランチでよくお世話になったお店だった。
大学生ひとりでは入りづらいシックなお店だったけれど、落ち着いた店内はとても居心地が良かった。
必ず私はボルシチを注文していた。
初めて見た時はあまりのスープの赤さにビックリしたものだ。
ビーツをはじめ、玉ねぎや人参、じゃがいもなど野菜がゴロゴロと入っており、食べ応えのあるスープだ。
牛肉と野菜の旨みがじんわりと溶け出たスープに、添えられたサワークリームを溶かすと美しいピンク色に染まって、よりまろやかな味わいになる。私はこのサワークリームを溶かす瞬間が大好きだった。
味に奥行きがある、という表現をよく使うがここのボルシチにはその言葉がピッタリだった。
よく通うものだから、わざわざ写真を撮らずすぐ食べてしまっていたが今更になって後悔している。あの美しい料理を写真に収めておくべきだった。
このボルシチに出会って以降、ボルシチの素を買ったりするようになったが「あの味」にはならない。程遠い単調な味。
いつか「あの味」を再現できるように、料理の腕を磨きたい。
数年経った今でもこんなに詳細に思い出せるというのは、本当に美味しかった証拠だと思う。
二店とも閉まってしまったのが残念でならない。
すっかり私の中のドイツ料理とロシア料理のハードルが上がってしまった。
とにかく忘れたくない味だったし、忘れることはないと思う。
思い出をくれてありがとうございました。