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マウント取り脱出。『死者の奢り』大江健三郎

学生時代に読んで違和感があったことのひとつがタイトルだった。
「おごり」はこの漢字だと「ぜいたく/人にごちそうすること」で、「思い上がり」(驕り)のほうではないらしい。

この小説で「死体」は「命」と「モノ」の中間で、臭くて、保存液に浮かんでいる。管理人は死体を丁寧に扱うよう要請していて、あとから出てきた雑役夫は「ぜいたくなものだな、こいつら」と毒づく。

この死者の「ぜいたく」
今回の読書はそれを考えてみた。

これは、マウント取りから解放された自由さのことか、と思った。

(大江の初期作品全般に感じるけど)この作品はすごく上下関係を気にしている。
主人公は管理人を社会的身分が低いから下に見ているし、彼も主人公を体が貧弱だから下に見ている。上長は全員を威圧するけれど、主人公が優秀な学生であることを知ると下手に出たりする。
女子学生の位置は少し微妙だけど、女性は今よりも肩身が狭かっただろうし。

それに比べると、死者は無条件に敬意を払われている。
「臭いし、なんか怖いし、どういう死に方をしたか分からない」というおそれもありながら、どの身分だった死体もひとしく大切にされている。

それは羨ましいんじゃないだろうか。
「どの人間も等しく大切」
というユートピアが、

「ぜいたくさ」なのかなー、と思った。

死体にならなきゃいけないのか……。


それとは別の要素だけど、一番好きな言葉。

「俺に最初の子供が生まれた時には、不思議な感情だったな」と管理人がいった。「毎日死んだ人間を、何十人も見廻って歩いたり、新しいのを収容したりするのが俺の仕事だ。その俺が新しい人間を一人生むというのは不思議だな、むだなことをしているような気持だった。俺は死体をいつだって見ているのだから、いろんな事のむださが、はっきり分かってね。(中略)そして、その子供が又、子供を生むとなると、俺は時どき、どうしていいか分からないな」

「死者の奢り」管理人のセリフ

無常を感じながら「どうしていいか分からない」っていうこの感想が、なんかいいと思う。

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