【短編小説】誰そ彼のあなたへ
「黄昏の語源は『誰そ彼』なんだって。知ってたか?」
「何それ? 知らない。そもそも黄昏って何」
「いやお前、黄昏も知らんの? それはヤバない?」
「ヤバないよ。全然知らないよ。私の友達たぶん誰も知らんよ」
「義務教育の敗北じゃん。一学年違うだけでそんな教養の差できんやろ」
「地頭の差じゃん?」
「お前そんな自分を卑下すんなよ」
「ヒゲ? 何それ。あんたが勉強オタクって意味なんだけど」
「最近のJKヤベーな。学校に何しに行ってんだ」
「友達と遊びに行ってるに決まってるじゃん」
「マジか。ヤベーな。あのな、黄昏ってのは黄昏時って言って、夕方の時間帯のことだよ。夕焼けと薄暗さが重なる時間に、夕暮れの日を背負う相手の顔が見えなくなって『あなたは誰ですか?』って聞かないといけないから、『誰そ彼の刻』で黄昏時って言うんだ。逢魔が時とも言ってな、魔の物と遭遇する時間とも言われてて、って聞いてるか?」
「いや、聞いてない。夕焼けと薄暗さが重なるー辺りで意味が分からんくてそこから聞いてない」
「え、ウソやろ……想像力の敗北やん……」
「JKナメんな」
「お前こそ人生ナメんな?」
「何とかなるっしょ」
「なるかなぁ」
「結婚して寄生して生きる」
「え、こわ。人生の敗北者じゃん」
「取り消せよ……!!!」
「お前は敗北者じゃけぇ」
「ウケるwwww」
私たちはとても仲が良かった。
彼はいつも私に教えてくれた。
意味のあることも、意味のないことも。
楽しいことも、悲しいことも。
私と彼はとても仲が良かった。
親から見ても、お互いの友達から見ても。
それが普通だった。
私が彼への想いに気付いたのは大学に入学した頃だった。
私が一年遅れで高校を卒業して、私が彼と別の大学に通う事になってからだ。
「一人暮らしするんだってな、身体には気をつけろよ。お前は小さい頃から熱で寝込んでたからな」
彼はそう言って私を送り出してくれた。
1DKのマンションで生活を始めてから、一人で暮らすのはこんなに人恋しくなるのか、と思った。
親兄妹に干渉されることなく、自由に過ごせることをあんなに楽しみにしていたのに、夜になるとタブレットから聞こえる動画の音だけが部屋に響いて、無性に空虚な気持ちにさせられた。
彼と離れてからは毎日メッセージを送りあった。
離れるまでは距離が近すぎて、お互いにそこに居るのがとても普通のことで、一緒に高校に通っていた頃も別段話をするワケではなかったけれど、距離が離れたことでお互いを意識するようになった。
私だけじゃなくて、たぶん彼も私のことを意識していたと思う。
少し大人になった気がした。
そのあと彼が遠くに行ってしまって、その気持ちはさらに強くなった。
「あなたのことが好きです」
どうしてこの気持ちに気付いた時に、すぐに想いを打ち明けなかったのだろう。
会えなくなってからじゃ遅いんだって、分かってた筈なのに。
気持ちを伝えられなかったのが、悔しくて仕方がなかった。
たとえ嫌われてしまったとしても、伝えておけばよかった。
後悔することになるくらいなら。
「そう思ったから、今日は気持ちを伝えに来ました。
わざわざ私から会いに来たことを感謝してほしいです。
単刀直入に言います。
あなたのことが好きです。
あなたのことが大好きです。
あなたの気持ちが聞きたいです。
私のことをどう思ってるのか知りたいです。
私のことをどう思ってたのか、知りたいです。
こんなこと今さら伝えてもあなたは困るだろうけれど。
あなたも私と同じ気持ちでいたんじゃないかって。恥ずかしいけれど、あなたも私のことが好きだったんじゃないかって。勝手にそう思ってる。
恋愛に夢見てるお花畑な乙女とか、あなたはいつもみたいに私をバカにするかもしれないけれど、実はあなたも私のことがずっとずっと好きだったんじゃないかって、そんなふうに期待してるんです。
教えてほしい。
私はあなたが大好きだから。
今でもあなたのことが大好きだから」
「好きだよ。知らんかった?」
私には、確かに彼の声が聞こえた。
夕暮れ時。
彼のお墓の前で。
「知らなかったよ。お兄ちゃん」
逢魔が時。
私には、大好きだったお兄ちゃんの声が確かに聞こえたの。
「どうして教えてくれなかったの」
いつも私に教えてくれたのに。
fin.
サムネイル画像:ぺい氏
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