見出し画像

素人であるのは強みである、読者と目線を合わせよ【読書感想】



素人だからこそ目線が読者と合う

何物にも染まらない素人であることは、ぼくにとって最大の強みなのだ。

20歳の自分に受けさせたい文章講義  古賀史健

この言葉は私に勇気を与えてくれた。

というのも私はライターを目指し始めたのが最近の事であり、私は何についても知らない。
仮に取材等をするようになったら、自分の好きなものだけを書けることは無いはずだし、知らないジャンルや興味のないジャンルにたいして「書く」をする必要が出るはずだ。

私は素人として取材をして上手くやっていけるのだろうか?

こんな不安が私の脳内からは離れなかった、知らない事を取材するのは怖いとすら思っていた。
だが、先の一文で私の不安は自身に変わった。
素人だからこそ、読者と同じ目線で文を書ける。
そして同じ目線だからこそ、読者が知らない部分が分かるし、理解が難しい部分も分かる。
読者に寄り添った文が書けるのだ。
なるほど、その発想はなかった。
素人の目線を持っているというのは、ある意味貴重な事なのかと私は感じた。

素人に伝える為に、情報を翻訳する。

しかし、それと同時にそれ相応の努力も必要なのだなと理解した。
というのも、筆者は取材の前後には膨大な量の資料に目を通しているというのだ。
先ほど、素人の目線を持っているのは強みだとは言ったが、いつまでも素人の視点でいてはそれまでの文になってしまう。
だから、文を書く時には素人よりも情報を吸収し、どんな情報が重要度が高いのかを考え、取捨選択を行い分かりやすく伝える「翻訳」の作業が必要となってくる。
その「翻訳」の作業をサボった文は難しい話ばかりになったり、ただ情報を羅列するだけの文になってしまう。
なので、素人の目線は持ちつつも、素人から逸脱した情報の収集を行い、「翻訳」する努力が必要だ。

読者の席に座る、素人の目線に立つ

素人の目線が強みだと分かった反面、逆に自分の好きな事に対する書きづらさも理解した。
本書には、筆者が好きなものに対して記事を書く機会があったが、記事は中途半端なものに仕上がってしまったと書かれていた。
なるほど、逆に好きな物に対して書くのは難しいのだな。

私はうさぎ作家さんの良さについて語る姿を思い浮かべた。
うさぎ作家さん達は様々居て、羊毛フェルトや置物、服やイラストなど様々な作家さんがいる。
この作家さん達の良さを語ろうとしたら、私は2000文字どころじゃ語り切れない。でも長い文になればなるほど読者はついていけない、かといって作家さんたちの細かいこだわりなどを語れないのはとても惜しい。
そして説明を省いて専門的な「この羊毛フェルト作品はここの作り方がとても繊細であり~」など語り始めようものなら、その分野に精通した人達にしか伝わらない分になる。

実際、自分が読みにくいと感じている文を読み直してみたら、
どこか専門的な言葉が使われていたり、説明が省かれているなど、素人に対しての配慮がなされていない文だという事が見て取れた。
好きを語るというのは難しいことなのだな…
そう思い直した、だからこそ、
素人の目線、つまり「自分の椅子」から「読者の椅子」に座って文を見る
これが大切なのだ。

自分の文を様々な視点で見る

自分の文を自分の視点から見るのではなく、様々な視点で見る大切さを得られた本であった。
この感想では素人の視点、つまり読者の視点に立ってみる事に重点を置いて感想を書いたが、翌日の自分や、フォントや縦書き横書きを変えたり、本当に他者に読んでもらうなど、様々な視点の意見を得る事が、より良い文へとつながるのだと感じた。

古賀さんの文は説明が丁寧だったり、読者と一緒に考えていくというスタンスが随所にみられるので、隣で話してくれているような安心感を覚えられる。読めて良かった。

私の読破書籍一覧はこちら


いいなと思ったら応援しよう!

れじちょ@うさぎライター見習い
私が珈琲一杯飲めます、ありがとうございます。

この記事が参加している募集