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キッザニアもびっくりな近鉄の職業体験。

仮眠4時間のガチ駅長体験ツアー。

 6月13日、全国津々浦々の鉄道員及び業界に詳しい界隈で激震が走った。路線長日本一を誇る近畿日本鉄道が、小学4〜6年生を対象にした、一泊駅長体験を公表したからだ。一日ではなく、一泊である。

 15時30分に任命式を行った後、複数駅をまわり24時に終業。翌朝4時30分始業で業務を体験した後、12時頃に修了式を行う予定とのこと。

 20時間30分拘束、仮眠4時間と、SNSで誰かが言っていた、子どもに現実を叩きつけるリアリティイベントがまさに的を得ていて、ガチさ加減はキッザニアの比ではない。

 元鉄道員であり、某電鉄会社の人件費削減の一環で、20代ながら当務駅長の代行業務まで経験している身としては、ここまでやるなら、いっそのこときっちり24時間拘束の、ガチな一昼夜勤務でやってほしい気もするが、ツアーを受け入れる駅側の都合や、対象者が小学4〜6年生の事情をほんの少しだけ考慮したこともあるのだろう。

夢を与えるか、現実を突きつけるか。

 夢を与えるのが仕事だ。乗務職場の時に誰かが言っていた。私はそうは思えなかった。旅客を安全に目的地に運ぶのが絶対的な仕事であり、夢を与えたいのなら某テーマパークのキャストにでも転向した方が良い。

 だから私は子どもたちに夢を与えてしまうような行為が、あまり好きではなかった。花形職場のイメージばかりが先行して、潰しのきかない鉄道員の志願者を増やしたところで、高確率で晩年に身体を壊す過酷な勤務形態や、人的ストレス、スキルが溜まらない単純作業故の潰しの効かなさから、「こんな筈じゃなかった」と理想と現実とのギャップに苦しむ将来が、容易に想像できるからだ。

 仕方のない話ではあるが毎年、新入社員の何割かはこのギャップに苦しみ、苦しんだうちの何割かが3年も経たずに組織から居なくなる。

 良かれと思って夢を与えても、それが毒になりかねない危うさを内包している以上、興味の範疇から外れる程度に、有って当たり前な「空気」のような存在であるべきではないか。

 そんな考えから、虚構でしかない夢を見せるよりも、現実を突きつけて、それでも嫌にならないかを試した方が、本当の意味での優しさに繋がるのではないかと思う辺りが、性格の悪いサディスト感丸出しである。

 少なくとも、私の周囲にいる業界経験のある人は、満場一致で自分の息子がぽっぽ屋になりたいと言い出したら、近鉄さんの職業体験ツアーを申し込んで、厳しい現実を突きつけると言っている。

 現実を知ることで、将来求めている世界は「これじゃない」と思ってくれれば、ぽっぽ屋以外の道が視野に入るだろうから、そうなれば儲けもので、人生選択のトライアンドエラーを、社会に出る前段階で3万円で買えると考えれば、このツアーは良い意味で破格だと思う。

 全国10数万人の現役鉄道員や経験者で、自分の子どもが同じ職業に就いて欲しくはない。と思う人の潜在数は相当居ると思われ、これらを全て刈り尽くすまでの間、仮眠込みのガチ駅業務体験ツアーは3万円でも埋まり続けるだろう。

幼い頃から視野を広く持つ重要性。

 なりたい職業ランキングが、時代の潮流を映す鏡のような存在となっているが、ランクインする職業に共通しているのは、「子どもたちに身近な職業」だろう。

 会社員、公務員は保護者や学校教諭。医療従事者や教育・児童福祉施設の職員、美容や外食に関する仕事も、生活する上で目にする。最近ならYouTuberやプログラマー、王道ならスポーツ選手やアーティスト、漫画家、イラストレーターも、余暇時間で存在を意識するのだろう。

 これらは全て生活上、身近に存在する職業である。つまり、自分が見た世界の中で、自分が興味を持ったり、適性がある、若しくは金が稼げそう、金持ちのパートナーが見つかりそうなどの打算的な目論見まで勘案した上で、進路を選択している学生が大多数を占めていると推察できる。

 裏を返せば、起業家や投資家は身近には存在しない場合が殆どで、自らの意思でそう言った人たちが集まりそうな環境に身を置かない限り、なりたいと思う以前の段階で、認知されない。

 若しくは実態がよく分からないから、無意識的に選択肢から排除するような形で機能するため、いかに広い視野を幼い段階で有しているか。世界の広さを教えるのが、いわゆる大人の役割とも言えるだろう。

意思決定メカニズムの話。

 意思決定メカニズムの研究で、例えば交差点で車同士の衝突を想定する際に、頭では「ブレーキを踏む」、「ハンドルを切る」、「アクセルを踏む」が挙げられ、「何もしない」は最下位であるのに対して、現実ではトップに躍り出る。

 これは段層構造で考えると、「何もしない」「対処する」から始まり、ブレーキやハンドルは、「対処する」を選択した次の段層の選択肢である。

 だからそもそもイレギュラーな事態でパニックを起こし、反射的に決断の先送りである「何もしない」を選択してしまえば、いくら頭だけで危険予知のトレーニングを積んだところで、最適解が引き出されることはない。

 だから、戦闘機パイロットはあらゆる事態をシミュレータや実地で何度も体験させて、身体が反射的に最適解の選択をするよう訓練されている。

 職業選択もこれに似たメカニズムが働いているとは思わないだろうか。そもそも先述している職業は、「労働する」前提での選択肢の極一部であり、前段に「労働する」「労働しない」が存在している。

 別に無職やニートを手放しに肯定する意図はなく、起業して経営者になれば、自分が居なくても組織がまわる状態=いわゆる賃金労働ではない訳だし、投資家も労働力を提供して賃金を得ている訳ではなく、資本力や鑑識眼で市場から利益を得るため、賃金労働ではない。

 具体的な職業を検討する前に、そもそも賃金労働者として勤めたいのか、そうでないのかを、子どもたちはもっと真剣に考えて良い筈だし、子どもたちがレールとは無縁な人生選択を望んだ際に、学校教諭や保護者は、反射的に「働かざる者食うべからず」的な価値観を押し付けるのではなく、それに慣れる反復訓練をして、受け止められる器量を養っても良いのではないかと思う。

 賃金労働とは何かを知る意味でも、冒頭の職業体験ツアーはなかなかに良い題材だと思う今日この頃である。


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