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Answer to Lunta.

 個人の範囲内では不幸にも、幸福にも、偶然なんて存在しないと思う。必ず、環境や行動などの原因が存在すると。なにもなく、いきなりそれらが降ってくるなんて、災害ではないか。僕らはそんな原因を丸ごと見ないふりして苦しむ。苦しいふりをする。まるで、全身を焼いたかのような息苦しさを覚えて、そして忘れる。不幸せを継続して覚えていたい人はそういないだろう。


 目の前が暑くて酸素が奪われていくようだった。息苦しさを棄てれずに、眠ってしまおうと思ったら山の麓にいた。白く、高い、知らない山を登る途中だった。なんで、と思う暇すらない。目の前をおじさんが立っていて、こちらに向けて、おいでと手を振っていた。仕方がないからおじさんに着いていった。標高が高くて、酸素の薄い山だった。よく見たら僕たち以外にも人がたくさんいた。おじさんは僕に笑いかけて、また僕の少し先を歩き出した。僕はおいていかれないように必死に歩いた。
「おじさん、ここどこか知っている?」
おじさんは何か答えていたようだけど周りの人がうるさくて聞こえなかった。

僕は聞き返したけれど、今度はおじさんに聞こえなかったようだ。おじさんと間が空いてしまっている。もうしばらく歩いてみようと思った。
 歩いている途中で旗がたくさん飾ってある道が出てきた。木から木へ、旗がつなげられておりパーティー会場や鯉のぼりを思い浮かべるような場所だった。繋がれた旗のトンネルはその先もしばらく続いているようだった。おじさんはその先をずんずん進んでいる。おじさんはこの場所を知っているのかもしれない。周りの人たちはぞろぞろと引き返している。旗が立ち入り禁止の案内にも、見えるからだ。
おじさんはその旗をしばらく見つめた後、周りの動揺を無視して、またずんずん進んでいく。
「おじさん、ここ立ち入り禁止の場所じゃないの。」
今度は聞こえる声で大きく叫んだ。そしたらおじさんは黙って手招きした。どうやらこの旗は立ち入り禁止の印ではないらしい。風にあおられて、旗の一つが落ちてきた。何か書いてあるけど、馬の絵が描いてあること以外はよくわからなかった。僕はその旗を持っておじさんを追いかけた。しばらく歩いた。息はあがっているのに、何故だか疲れてはいなかった。山頂近くまで来たらおじさんが僕を待っていた。
「これ落ちてたから、あげる。」
僕はおじさんに落ちてきた旗を差し出した。
「君はこれを差し出すんだな。自由のためのこれを。」
僕はおじさんが何を言っているのかよくわからなかった。おじさんは僕の腕を、後ろの山頂がよくみえるように引っ張った。
 
 目の前は暴風にあおられた後のサーカス会場ようだった。旗や、テントは、原型を留めておらず残酷でカラフルな残骸がそこにあるだけだった。
僕は言葉を失ってしまった。僕はおじさんに問いかけるようとすると、遮るように明るい声で歌い始めた。僕の知らない言葉で。おじさんは歌いながら、あの旗と同じ柄の紙切れを空に放り投げていた。カラフルな残骸に白い紙切れが積もってく。よく見るとおじさんが投げているものと同じものが無数に地面に落ちていた。
「それはここにいる人たちが、自由を願って投げたものだよ。」おじさんは言った。そして、続ける。
「体を焦がすほどの想いをしたことがあるかい?」
たぶんない。彼らほどの想いは僕にはない。風にあおられて、旗がバタバタと音を鳴らした。それは、白い馬が仕切りのない広大な草原をかけていくときの音とよく似ていた。
彼は自分たちが置かれた不幸を連れてきた環境は自分の業だと言う。自分たちの前世が犯してきた罪のせいだと。そして、監獄へと連れていかれ、拷問を受けた、そんな人間が無数にいる。あの場所はそういう場所だった。そして、そういう人たちは口をそろえて言う。これは自分で選んだ決断だと。これが、私たちの戦う方法なのだと。暴力を伴わない抗議こそが自分たちがすべきことなのだと。
 
 そんなわけがあるか。その優しさで何百人が死んだと思っているのか。その優しさで今度は自分が死ぬかもしれないんだぞ。優しさは正義か?その慈悲で何人が死んだ?いつそんな覚悟をしたんだ。誰がそんな覚悟をさせたんだ。お前らの父は、神は、お前らを助けてはくれない。死んでいった人たちを見て育った子供たちが大人になった時、あなたの目がその現実に振れた時、世界は変わっているか?きっとそんなことはないだろう。子供たちは次、どう行動するのだろうか。私は憤りを隠さずに打ち付けた。けれども、私や僕たちは立ち上がりはしない。何もしないという無力な風船を、爆音で潰しているだけである。僕らは政治を、世界を、宗教を、戦争を、不自由を、抵抗を、弾圧を知らない。これは僕からの返事である。手紙の下書きはビリビリにして飛ばしておこう。あの日の貴方と同じように。


池谷薫作品 『ルンタ』を添えて

2021年2月9日にInstagramに公開したものから改変。


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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。