【閲覧注意】「ルビンの壺が割れた」感想
読み終わってすぐの気持ちは、巻末にある「担当編集者による付記」の通り“呆然とした”――。
この物語は、主人公の水谷一馬(かずま)がかつて愛し合い、別れた女性・美帆子(みほこ)を28年ぶりにフェイスブックで見つけ、メッセージを送るところから始まる。
地の文はなく、フェイスブック上でのやりとりした中身だけで構成されている。
読了後、数時間経ったくらいでは内容が頭から離れない。
全く別次元のYouTubeを見てても頭に入ってこない。
物語について考えが巡ってしまう。
貞操観念が崩される事柄――というのか、人間が誰しも、本当はすごく興味があるのだけれど、そればかりにかまけたり追い求めたりしていると社会的、精神的に破滅してしまいそうな、普段は目を逸らしているものが詰まっている物語、と言えるのかもしれない。
メッセージのやりとりは、現況など他愛のないものから、大学時代に二人が所属していた演劇部の話へと変わる。
お互いが当時のことを思い出し、演劇部の話はかなり盛り上がる。
それから、一馬には許嫁がいた話。
美帆子が一馬との結婚式に現れず、一馬の前から姿を消した話、へと移り変わる。
この段階で、許嫁がいたにも関わらず二人が結婚することとなった顛末は明かされていない。
このとき、最初のメッセージから2年以上が経ち、一馬は53歳になっていた。
一つ目の大きな違和感――。
170ページ中88ページ、約半分ほどのあたり。
それまで和やかな雰囲気が続いていたやりとりだったが、美帆子のメッセージ内容に明確な違和感を感じた。
「水谷様のせいで自分の人生がこなごなにされたと思いました。」
結婚式に姿を現さなかったのは美帆子であり、一般的に考えると、人生をこなごなにされたのは一馬のほうである。
そもそも、最初のメッセージで、一馬は美帆子が姿を消した日を亡くなった日、として表現している。
もちろん、読み進めていくと冗談であることはわかるのだが、この時点でやばそうな結末は予感していた。
やりとりは、演劇部で起こった出来事を中心に進んでいくが、それに付随する部分から、次第に艶かしさが増していく――。
一馬は、演劇部の打ち上げ旅行中に美帆子とキスしたことが決め手となり、許嫁との婚約を解消した。
ここで、許嫁との関係性が見えてくる。
一馬は中学3年生の頃に両親を亡くし、それから父の妹の夫である叔父に引き取られる。
叔父の家は、二度目の妻と連れ子の3人家族だった。
その連れ子が許嫁の優子(ゆうこ)である。
優子は一馬より3つ年下で、スペイン人と日本人のクウォーター。
思春期を迎える頃にはその体つきや顔立ちに白人的な雰囲気が色濃く出てきたそう。
優子が高校3年生の夏に許嫁となり、その年の冬には体の関係をもった。
しかし、優子の日記を見つけ、優子は中学時代から叔父とすでに体の関係をもち、長らく関係が続いていたことを知る。
さらに、そのことを証拠付けるように、叔父の書斎からは優子の裸の写真が出てきた。
叔父は許嫁となったことを知りながら、優子を抱いていた、この事実を知り、平静を保っていられる人はいるのだろうか。
さらに、艶かしい内容は勢いを増し、美帆子が高校3年生の夏からソープランドで働いていたことが明かされる。
ソープランドは大学に入ってからも続けていた。
働いていることを知っていた同じ演劇部の何名かや、劇団立ち上げのスポンサーとしてお世話になっていた人が、客として通っていたという。
劇団立ち上げは果たされなかったが。
つまり、美帆子は一馬とだけではなく、一馬の周りの男性とも関係をもっていたこととなる。
ここまで知って、正常な精神を保っていられるはずもない。
それは一馬もしかり――。
だが、一馬は当時からこの一連のほぼ全てを知っていた。
知った上で美帆子との関係を続けていたことを明かしている。
一馬は、この時とっくに精神が狂っており、サイコパスと化していた。
(“サイコパス”という言葉は出てこないが)
そしてついに、“なぜ美帆子は結婚式に姿を現さず、一馬の前から消えたのか”、この真相が美帆子のメッセージから語られる。
161ページ、ここから怒濤の急展開となる。
これまで随所に感じられた違和感が解消されていく。
と同時に、凄まじい程の恐怖から背筋が凍った。
本作は、美帆子のメッセージで終わるのだが、最終ページに仕掛けもあり、最後までドキッとしてしまう。
もし仮に、一馬からの返信が来るのならば、かなりの恐怖でしかない。
ホラーの展開しか考えられない……。
美帆子はとりあえず、今住んでいる地域から逃げたほうがいい、とさえ考えさせられる。
本作を読む上で、感情移入のし過ぎは危険のように感じる。
主要な登場人物は、総じてサイコパス指数が高くあるよう。
影響されやすい方などは特に、小説として、または、都会の話で自分とは別世界の話などと割りきって読むことをおすすめする。
現代では、出会い系サイトなどを通して初めて会った人と行為を行える時代。
さらに、未成年のパパ活や、SM、3P、ヤリサーなど、ブログや動画で見れる時代。
性癖などと言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、そこに貞操観念はない。
逆に、貞操観念を強く抱いているからこそ、心の奥底では、自分も参加してみたい、混ざってすぐ近くで同じ空間を体験したい、という気持ちで興奮することもある。
しかし、そこまで自分を堕としたくない、という思いがある。
3Pなどは特に、始めたが最後、地獄の始まりで、精神からなにから崩壊し、職を失い、終わりがないどん底に落ちていく、とさえ考えている。
物心ついた頃から、そういうのが身近にある環境であれば、あまり感じることもないのかもしれないが。
ここまで書いていると、自分がいかに人を妬みやすい人間かわかる。
一馬と同じ境遇に立たされたならば、自分自身を律することはできただろうか。
手の届くところにある欲望からそむくことはできただろうか。
とても難しい。
一読者としては唯一、美帆子が現在、ソープ嬢として働いている、という点に救われた。
さまざま書き連ねてきたが、つまるところ、面白いに他ならない。
単純に、次のページをめくりたくなる本であり、後半は特に、ページをめくる手が止まらない。
気づけば読み終わっており、呆気にとられている。
あとから頭が内容に追い付いてきて、つながりが見えてくる。
作者の宿野かほるさんは、本作「ルビンの壺が割れた」を2017年に出版された翌年、2018年に2作目となる「はるか」を出版されている。
2作目「はるか」も読もうと思う。
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