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本番前の焦りで松ヤニを塗りたくられたチェロ

コロナが始まった一昨年からチェロを始めた。
母が学生時代、副科で習っていたというスズキのチェロが数十年実家に眠っていたので、弓と弦を張り替え、楽器やさんの上にある教室に通い始めた。
チェロはとても魅力的な楽器でありながら、持ち運びする際に不便なことも多い。まず移動中にトイレに行けない、スーパーで買い物したり、カフェに立ち寄るのも躊躇する、朝夕の混雑した電車の中では非常に居心地が悪い等々‥。
それでも長い歴史の中で、ソロ、オーケストラや弦楽合奏で人々に愛されてきたチェロ。特にコロナ禍で荒んだ人たちの気持ちを労ったり、在宅ワークで集中したい時などチェロの音色がこの数年、世の中を前向きにする何かしらの動機づけになっている。
チェロが何故ここまで人を魅了するか、私なりに考えた。

1.物語の語り部のような響き

チェロは人の声に近いと言われるが、正に上手な演奏を聞くと語っているかのように聞こえる。これはバッハのオラトリオなどで見られる通奏低音で顕著に感じる。通奏低音はバロック期に用いられた低音部の伴奏的な役割で、チェンバロ、チェロ、ファゴットなどで構成される。マタイ受難曲やヨハネ受難曲では物語のナレーション的な役割の福音史家の語りに合わせて、通奏低音が合いの手のような伴奏をする。福音史家は大抵「イエスは言いましたー」みたいな説明をして、チェロも「そうでしたー」という感じで追奏する。ヴァイオリンだとその響きが際立つがチェロが演奏することで語りの一部となる。

2.ハーモニーを作り出す、バイプレーヤー

決して主役として華やかなポジションにいるわけではないが、旋律に厚みをもたらすハーモニーを生み出す。ピッチカートやガシガシ弾かれる低音も何でもこなす、オーケストラの中の名バイプレーヤーである。そしてチェロが良いとあの演奏は良かった、となる。

3.幅広い音域で多彩な表現が可能

チェロは弦楽器のなかで最も音域が幅広いとされる。低い音域は認識があったが、習い始めてこんな高い音も出るんだ、と気づいた。ただ初心者が高い音域を出そうとしてもヘロヘロした音しか出ないのが悲しい。上手くなれば、無伴奏チェロのような大胆なパッセージも可能となる。

先日私が演奏会で弾いたのは、メンデルスゾーン作曲の無言歌。出始めはとても美しい旋律で、中間部は早く激しい動きとなる。音域も幅広く、ポジションの移動で必ず迷子になる。ただ上手く演奏できれば、チェロの魅力がギュッと詰まった曲なのだと思う。

本番前の緊張と焦りで何度も弓に松ヤニを塗ってしまった。塗ったからと言って今更上手くなるわけではないのに。50年は経つ自分のチェロをこれからは大切に扱いたい。


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