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【製本記】 飛ぶ教室 09 | 丸背上製・布装ができました!
本をつくってばっかの日々。編集者として本を編みながら、時間を見つけては製本家として本をこしらえている。編集した本は世にでて光を浴びるが、製本した本は暗所に埋蔵するだけの習作も多く、せめてここに記録する。
題字の箔押しから戻り、ようやく『飛ぶ教室』が完成した。数々の反省点とともに、製本様式や製本材料の詳細をまとめておこうと思う。
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丸背の布装に仕立てた、糸かがりの上製本。「ケストナー少年文学全集」の一冊で、もともとはカラフルな装画の背継ぎ表紙だった。全集というからには糸かがりかと思いきや、いざ解体してみると無線綴じで、200ページ余りをコツコツと和紙でつなぐハメになった。見えがかりだけのことであればそこまでする必要はなく、本文は無線綴じのままで表紙のみを変えればいいようなものだが、わたしとしては長く読み継がれてほしいと切に願う本を選んでいるので、糸で綴じ直さなければ改装の甲斐がないのだ。
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ブッククロスは黒の無地。製本をはじめたばかりの頃は、黒を使っては失敗していた。製本あるあるの一つに「糊で表紙を汚しがち」というのがあり、紙にしろ布にしろ黒い素材は糊汚れが目立つ。唯一の予防策は手と机をきれいに保つこと。いやはや、物事は突きつめるほどにシンプルだ。
そんな黒を背景に、平(ひら)の部分は伝熱ペンを使って複数の点を箔押しした。「闇に瞬く小さな光」とでもいうべき金の粒たちは、この物語の印象的なシーンがモチーフで、1933年、いわゆるナチス前夜のドイツの街灯りであり夜空でもある。大きさや形が不揃いなのは、光の明滅のつもり。背の題字は金属活字による箔押しで、築地活字の「築地明朝」を使用している。
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こうして天から眺めるとよくわかるのだが、背の丸みが少々強すぎた。丸みだしのときにがんばりすぎたこともあるが、そもそももっと細い糸でかがればよかったのかもしれない。手持ちの麻糸のバリエーションを増やさねば。そして、耳だしがどうにもやりにくかったのは、丸みが強すぎたせいもあるだろう。小さなほころびが次のほころびを招き、ほころびのドミノ倒しへ。悲しいかな、これが製本というものだ。
天の小口を黒に染めたのは、天にやすりをかけたときの失敗をごまかすためだったのだが、結果的に表紙の箔が引き立ったので、怪我の功名ということにしておこう。花布の金もまた引き立っており、夜空に浮かぶ三日月を思わせる。とはいえ、小口にのせた絵具がもったりしていて具合がよくない。絵具を叩いて塗るやり方は、手の遅いわたしには向いていないのか。次の機会には、別の方法を試してみよう。
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見返しには、フランスの老舗製紙メーカー、キャンソン社製のミ・タントを選んだ。コットン60%という丈夫なドローイングペーパーで、蜂の巣のような紙肌が特徴。目でも手でも豊かなテクスチャーが味わえる。
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本を開くと、見返しとのコントラストのせいだろうか、文字がくっきりと読める。丸みが強いので開きはいまいち。しかし、表紙を閉じるときの「パタン」という音はとてもいい。ちょっとくぐもった、厚みと重みを孕んだ音のする本が好きだ。ちなみに、音で製本を評価するのはナンセンスである。
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ロングセラー『飛ぶ教室』は日本でも各社から出版されていて、たいていは主人公の少年たちの元気いっぱいな姿が装画になっている。それに比べ、この本は表紙も見返しも黒で、こんな『飛ぶ教室』はほかにない。暗闇にすっぽりと覆われてなお、少年たちの真心が内から発光し、その光がぽつりぽつりと表紙にこぼれ、星のようになった……。得意の妄想を暴走させると、そんなふうにも見えてこないこともない。
飛ぶ教室
エーリヒ・ケストナー/高橋健二 訳(岩波書店)
様 式|丸背上製、布装、糸かがり(本かがり)
寸 法|197 × 160 × 20mm
表 紙|ブッククロスに箔押し
見返し|キャンソン ミ・タント(スティジャンブラック)
題 字|箔押し(中村美奈子)
飛ぶ教室ができるまで
【製本記】 飛ぶ教室 01 | 親愛なるケストナーさんへ
【製本記】 飛ぶ教室 02 | エーミールの憂鬱
【製本記】 飛ぶ教室 03 | 本の味
【製本記】 飛ぶ教室 04 | 描きたくはないが描かねばならないものを描きつづける
【製本記】 飛ぶ教室 05 | 24年で4週間しか会えなかった友達
【製本記】 飛ぶ教室 06 | 天を染めて思うこと
【製本記】 飛ぶ教室 07 | 闇に瞬く小さな光
【製本記】 飛ぶ教室 08 | 本という方舟