ボンカレー売りの少女
それは、寒い、寒い、雪が降る日のことでした。一人の貧しい少女が、かごにいっぱいのボンカレーを詰めて、道端で売っておりました。
「ボンカレーは、ボンカレーはいりませんか。封を開けなくても、このままレンジでチンできるんです。」
「冷たいやつだろう?いらないよ。」
少女は必死に道行く人に声をかけましたが、誰ひとり足を止める者はいないのでした。時折、『おじょうちゃん、寒いのだろう?イイコトをして暖まろう、お金をあげるからね。げっへっへっ』と笑う怪しいおじさんが少女の身体を触ろうとするのですが、股間を蹴り上げて撃退するのでした。
少女は、寒くて寒くてたまりませんでした。家に帰っても、暖房も温かい服もありません。少女は、どうにかして温まろうと、ボンカレーをチンすることにしました。温めて封を開けると、カレーの匂いと湯気がほんわりと部屋に満ちます。すると、どうしたことでしょう。湯気の向こうに、死んでしまったお父さんとお母さんが、微笑んでいるのが見えたのです。少女は幼い頃のことを思い出しました。食卓には家族の笑顔があって、みんなでにこにこして、大好きなカレーを食べたのです。
美味しいね。嬉しいね。楽しいね。
少女は失われてしまった家族の暖かさを思い出して、苦しくなって、目が潤みました。ボンカレーの湯気が冷めると、冬の隙間風が吹き込む部屋の中で、少女はぽつんとひとりでした。おとうさん。おかあさん。おとうさん。おかあさん。呼んでも返事はありません。少女は寂しくて寂しくて、次のボンカレーを温めて封を切りました。
少女がボンカレーを開けて部屋に湯気が満ちるたびに、温かな記憶が思い出されるのです。楽しかったクリスマス。兄妹たちと競うように啜った、おばあちゃんの作った温かなスープ。赤々と燃える暖炉の薪。お正月に笑いながら家族で食べたカレー。温めたボンカレーの湯気の向こうに幸せだった日々が見えて嬉しくて、湯気が冷えるたびにまぼろしが消えて哀しくて、少女は次々とボンカレーを温めました。
そして、最後の一つのボンカレーを開けると、湯気の向こうにみんながいました。おとうさんもおかあさんも、兄妹も、おばあちゃんも、みんなにこにこと笑顔で少女の名を呼びました。少女は手を伸ばして、狂おしく叫びました。もういや、おいて行かないで。連れて行って、あたしも連れて行って。おねがい、おねがい。泣いてうずくまった少女を、おとうさんとおかあさんが優しく抱きしめました。
次の日。少女の家を訪れた区役所の人が、冷たくなった少女を発見しました。少女は、ボンカレーのレトルトの袋の中に埋もれていました。『暖を取ろうとしたのだろう』、区役所の人は言いました。
少女の顔はその生の終りに、眠るように穏やかで、どこか満足した顔をしていました。少女がその人生の終わりに、ボンカレーの湯気の向こうに家族の面影を見て、そのことで心が満たされたことは、神様以外、誰も知らないことだったのです。おしま『まだだ!まだ、終わらんぞ!神は、マサラの神様は見ておられる!』(インド映画風ミュージカルダンサーが画面に登場し、群舞)『『『マーーーーサーーーーラーーーァァァ〜~~チャ〜〜〜ァァァ〜〜〜ァァ〜イィィィ〜〜』』』
なんということでしょう。通りすがりのインド人たちのマサラパワーによって、生命の火が消えようとしていた少女の心臓が、再び動き始めたのです。もう、少女はボンカレーの湯気の向こうに家族の面影を見ても、寂しくありません。なぜなら、通りすがりのインド人のカレーパワーとコミュニティに受け入れられて、新しい人生と家族を得たのです。少女は一人の少年にお礼を言いました。
「ありがとう、良ければお名前を」
『おれ、マサラタウンのサ○シ!相棒のピカ通とデン通と一緒に、パチモンマスターになる旅をしているんだ!君も一緒にパチモンバトルしようぜ!』
少女の新しい人生と旅が、今日始まるのです。目指せパチモンマスター。新しい新装開店の台を求め、パチ屋の開店前に行列を作る人生が、幕を開けたのです。おしまい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?