ノアの箱舟ならぬ箱庭
虫が嫌いな人が多い。
殺虫剤、虫に強い化学肥料、農薬。
ホームセンターに行くと、これでもかというほどずらりと並んでいる。
我が家の隣のおじいさんは、毎年庭で夏野菜を育てているので、
朝庭越しに会話をすることが多い。
「今年は、虫がいない。これは異常だよ。きみ、そう思わないかい?」
と尋ねられた。
私は、自分の庭に視線を落とした。
ダンゴムシにミミズ、蝶やバッタや、カマキリの赤ちゃんまで
多種多様な虫が足元にいる。
隣の庭を見ると、土は長年化学肥料を入れていたせいか、赤茶けたさらさらとした土である。
我が家は黒い山土だ。隣同士でこうも違うのだ。
鳥たちも我が家の庭へ来る。隣はうちよりもずっと日射もよく野菜作りにも適しており、場所替えしたいくらい羨ましい立地だ。
我が家は、鳥たちの糞も愛犬の糞も、土に混ぜる。
生ごみにボカシを混ぜたものを、黒土に混ぜて分解した土を庭に撒く。
家庭菜園にも使う。硬くなった土を掘り返して混ぜる。それを引っ越してきてから5年間繰り返してきた。
ちょっと掘れば、すぐに太いミミズが現れる。
この違いは、きっと未来への分かれ道だ。
その時、そんな風に思った。
3年目の冬、突然レモンがたわわに生った。
餌の少ない時期に、鳥に餌を撒いたのがレモンの木の近く。
ただそれだけのこと。
一昨年知人からもらったみょうが3本が、今年は20本以上になった。
ホームセンターで買ったたった1つの三つ葉の苗は、もはや自生してあちらこちらに生えている。2月にはフキノトウが顔を出す。コンポストで入れた生ごみから、ジャガイモができる。里芋の大きな葉が育つ。
鳥が落とした種から、ヒマワリが咲く。
私の庭は、デザインされたおしゃれな「garden」ではない。
でも、いろいろな昆虫やら鳥やら、狸から野良猫までやってくる。
毎日、同じ鳥が来て、子どもを産み子ずれになり、雄が雌を見つけてつがいになり、群れと離れた野鳥が餌をお求め、この庭はまるで小さな地球だ。
近隣では虫や鳥がくるのを嫌い、猫が敷地に入るのを嫌い、リスやアライグマ用の捕獲機を設置し、隙間からの侵入を防ごうとする。
だから我が家は、ノアの箱舟ならぬ箱庭になっているのだ。そして生き物の憩いの場所となり、種が落ち、また生命が誕生し、木洩れ日をつくる。
私はこれでいいのだと思う。
虫がいて植物がいて、人が生かされている証拠がここから未来に向かっている。
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